『人気者の君に妬く』



(これ、いったい何人分なんだろう……)
 両手に持っていた大きな紙袋を机の上に置き、夏見はため息をついた。
 紙袋の中身は辰波の店“ma cherie”のクッキーで。
 ケーキを食べようと立ち寄り、そこで辰波に届け物のお願いをされたのだ。
 届け主は、堂島恭也。今は夏見の夫となった間柄だからこそ依頼されたのだが、胸中は複雑だ。
 可愛らしくラッピングされた小袋は、パッと見ただけでは数え切れない数で。
(……確か、バイトの子が配達の数を間違えて、不足しちゃった分だって言ってたよね。という事は、これ以上の数が手元にあるなんて)
 紙袋を見つめ、夏見は眉間に皺を寄せる。
「これ、ホワイトデーのお返しだよね。絶対に」
 今日は通年行事の一つ、ホワイトデーの前日であり。だからこそ、慌しい店の様子に届け物を引き受けたものの、夏見は少し後悔していた。
(バレンタインの時、チョコは誰からももらってないなんて言ってたのにな……。本当は、こんなにいっぱいもらってたんだ)
 眉間の皺が深くなるのを自覚しながら、ソファに腰を下ろす。
 はぁ、と再びため息をついて、夏見は物思いにふけった。
(恭也さんがモテるっていうのは風斗たちから聞いてたけど。でも、結婚してるのにこの量って……。そもそも、もらったチョコはどうしてるのかな。私に見つからないように、こっそり隠してる、とか?)
 グルグルと考えを巡らせ、何度もため息をつき。
 そうこうしている内に、トントンと肩を叩かれて顔を上げると、堂島の姿がそこにあった。
「あ、恭也さん。午前の診療、終わったの?」
「そうだよ。……ああ、その紙袋は。辰波くんから電話があったけれど、君が持ってきてくれたんだね」
「うん。偶然お店に立ち寄ってね。お願いされたの」
 視線を紙袋へと移しながら答える夏見を見て、堂島は隣に座った。
「……どうしたの? なんだか機嫌が悪いみたいだけど」
「別に、なんでも――」
「なんでもないとは言わせないよ?」
 夏見の眉間をつんと突き、堂島はふっと笑う。
(……見透かされてるなぁ)
 敵わないと内心で降参しつつ、夏見は頬を膨らませてつぶやくように言った。
「これ、バレンタインのお返しでしょ?」
「……そうだね」
「こんなにたくさん用意してるなんて。私にはバレンタインのチョコは誰からも受け取ってないって言ってたのに、本当はいっぱいもらってるんじゃない。別に隠さなくても私は怒らないし、むしろ黙ってられた方が嫌っていうか……」
 最後の方は小声になり、聞き取れないまでに小さくなって言葉は消えてしまった。
(なんか、こんな事言うなんて子供みたい……)
 嫌悪感を抱きながらも彼がどう答えるのか気になり、恐る恐る堂島を見る。
 呆れているのか、苦笑しているのか。
 そんな予想をしたが、彼の反応は意外なものだった。
「……もしかしなくても、妬いてくれているのかな?」
「…………っ!」
 繰り返していたため息や、眉間の皺――不機嫌の理由を言い当てられて。何より、どこか嬉しそうに微笑む堂島に、夏見は複雑な表情を浮かべた。
(悔しいけど、その通り……だよ)
 いろいろと理由を並べ立てても、その根底にあるのは彼への独占欲だ。
 心を見透かされ、気恥ずかしさから夏見は視線を逸らし。けれど次の瞬間、ふいに抱き寄せられる。
 それは夏見が不安を覚える時、彼が必ず取る行動。
 驚きはすぐに消え、安心感を覚えて体を委ねていると、堂島の声が耳に届いた。
「……君が言った通り、辰波くんに頼んだ焼き菓子はバレンタインのお返しだよ。と言っても、子供にあげるものばかりだけれどね」
「え……?」
「私は行事ごとには興味がなくて、バレンタインデーも疎ましく思っていたんだ。今はともかく、若かった頃は独身だったこともあって、いろいろと渡されてしまってね。診療に来た人や子供の母親、往診先でも。受け取るとやっかいだからと断っていたんだけど、子供を介して渡されたり、待合室に置き去りにしたりと、様々な手段を用いられて置いていかれてしまったんだ。そうすると、必然的にお返しをしなくてはいけなくなるよね。中には誰にもらったのか判らないものもあって困りものだったよ。……それで本題だけど。お返しを子供達に限定して渡していたら、それがこの医院での通例行事になってしまってね。バレンタインデーには近所の元気な子供達からもチョコレートをもらい、お返しをする、なんて事になっているんだよ」
「……そうなんだ。今まで知らなかったわ」
「安心したかい?」
 顔を上げ、ほっとしたように笑顔を浮かべた夏見に、堂島は微笑む。
「あ、でも。もらったチョコレートはどうしてるの?」
「職員に持って帰ってもらっているよ。つまりはね……。毎年、私が受け取るチョコレートはたった一つだけ」
「もしかして、それって――」
「今までもこれからも。夏見さん、君からのものだけだよ」
「………………」
 堂島の言葉に何も返せず、夏見は彼の胸に顔をうずめた。
 毎年毎年。
 いつも自分たち親子を支えてくれる感謝の気持ちとして贈っていたチョコレート。そしてこの数年は、別の意味で贈っていたチョコレート。
 多くのチョコレートが贈られる中で、自分のものだけを受け取ってくれていたのだと知って、目頭が熱くなる。
「本当は言わなくても分かってくれているとは思うけれど。私はずっと君のことが好きだったからね。そこに込められる意味合いがどうであれ、本当に嬉しかったよ」
「恭也さん……」
「ふふっ。それにしても君が妬いてくれるなんてね」
「それはっ……! だって、嫌だったんだもの。いろんな女の人にチョコをもらってるなんて考えたら。恭也さんは私と結婚してるわけだし、そのっ……」
 言葉の続きを言い出せずに口ごもる夏見を、堂島はそっと抱き寄せる。
「『私だけのものだから』。なんて言い切ってもらえると嬉しいけれどね」
「~~~~っ。恭也さんのカバッ!!」
 言い出せなかった言葉を的確に当てられてしまい、夏見は照れ隠しにそう言って腕から逃れようとする。
 一方の堂島は微笑みを浮かべ、そんな夏見を深く抱き締めた。












お題『人気者の君に妬く』 (Completion→2009.04.23)


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