『いてくれてありがとう』



 突然、目の前が真っ白になったような気がした。
 気が付くと床に座り込んでいて。
「あ……あれ……? おかしいな……」
 立ち上がろうとしても足に力が入らない。
 体の異変を感じながらようやくの思いで立ち上がった時、チャイムの音が鳴って思わず顔をしかめた。
(こんな時に誰……?)
 居留守を使おうかとも思ったけれど、続り鳴まない音に仕方なく対応に出ると、意外な人の姿がそこにあった。
「堂島さん……?」
「……やっぱり。ひどい顔色だよ、お嬢さん。さぁ、早く横になって」
「え? 『やっぱり』ってどういう事?」
 体を支えられ、部屋の中に促されながら問い掛けると堂島さんは苦笑する。
「昨日会った時に少し顔色が悪いと思って。体調が崩れかけている事にお嬢さん自身は気付いていなさそうだったから様子を見にきたんだけど、正解だったようだね」
「…………」
 思いがけない言葉に何も言えず、ただ堂島さんを見上げる。
 どうしていつもこの人は私自身気付かない事に気付いてフォローしてくれるんだろう――そんな事をぼんやりと考えていると、部屋のベッドに押し込まれた。
 横になった途端に体中から力が抜けて、ぼんやりとする視界に堂島さんの姿を映すと彼は穏やかに微笑んでいた。
「お嬢さん、目を閉じて」
 目の上に手が置かれ、言葉のままに目を閉じる。
 触れる手から伝わる温もりにどこか安堵していると、静かな声で問い掛けられた。
「今日、風斗くんは?」
「バイトで帰りは遅くなるって」
「そう……。もしかして、ここの所は彼の帰りが遅い日が続いてるとか」
「……うん」
「食事はお嬢さんだけ先に食べるの? それともあの子と一緒に?」
「風斗が帰ってから一緒に食べてる。遅い時間だから私は軽く済ませちゃうけど」
 目を閉じたまま答えると、堂島さんはもう片方の手で私の手首に触れた。
「…………脈も速いね。ここの所不規則な生活をしているようだし、恐らく貧血だろうね」
「え……?」
 体調不良の原因を伝えられて驚く。体が丈夫な方だから、貧血とは無縁だと思っていたのに。
 そう思っていると、苦笑混じりの声が届いた。
「まさか自分が、なんて思ってる?」
「…………うん」
「お嬢さんは昔からそうだよね。自分は大丈夫だからと自負して、その内にオーバーワークでダウンしてしまう」
「う……」
 言われて確かにそうだと気付く。体調が悪いんだって気付く時には周りに心配掛けちゃうぐらいひどくなってたりして。
 大抵寝ていれば治るんだけど、結局の所は自己管理が出来ていない証拠だったりする。
「ご、ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ。こういう時の為に私がいるんだし、ね。……さぁ、そろそろ一眠りして。睡眠と栄養を摂ってしっかり休養すればすぐに良くなるから」
「堂島さん……ありが……とう」
 目を塞ぐ手の温もりに安心感を覚え、ゆっくりと意識は落ちていく。
 遠くなる意識の中、私は心の中でつぶやいた。
(傍に……いてくれてありがとう)
 いつも私を気に掛けてくれるあなたに、感謝の言葉を。












お題『いてくれてありがとう』 (Completion→2008.02.24)


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