『遠い空』
「…………はぁ」
仕事帰りに立ち寄った公園のベンチに腰掛けて、私は一つため息をついた。
とっくに日も暮れて、木枯らしが吹く公園には私一人。だからこそ、胸の中の気持ちを言葉に乗せてつぶやいてみる。
「あと一年であの子も高校を卒業するのよね。…………早いなぁ。もうこんなに年月が経っちゃったんだ」
あんなに小さかった子供たちも成長して、もうすぐ私の手から離れていく。
(その内に自立して、家を出て。そうしたら、あの家には私一人……か)
そう思うと、急に心にぽっかり穴が開いたみたいで思わず涙が溢れそうになって、慌てて別の事を考えようと首を振った。
「もう、こんな後ろ向きな考えは私らしくないよ。だいたい、もういい加減ムスコ離れしなくちゃ。……何か趣味でも見つけて――」
口にして、ふと思い出す。
それは、いつか堂島さんに言われた事だ。今のうちに趣味を見つけておいた方がいいと。
その時は息子が趣味だと、胸を張って答えていたのだけれど。
今になって痛感する。
ずっとあの子のことばかり考えて、あの子の為に頑張ろうって毎日過ごしてた。でも、ずっと一緒ってワケにはいかない。
子供たちは、いつかそれぞれの道を歩き出して親の元から離れていく。その『いつか』は、そう遠くはない。
(そうしたら、私はどうしたらいいんだろう……)
夜空を見上げると、何もかもを吸い込んでいきそうな高い空と、吹き付ける冷たい風に自然と体が震える。
「…………っ」
急に感じた孤独感に思わず携帯電話を握り、発信履歴を表示させる。
目に留まったのは、堂島さんの電話番号。
ほとんど無意識に発信ボタンに指を乗せて。そして――。
『私の方には踏み込まないで欲しい』
彼の言葉が脳裏に浮かび、私は指を離した。
「ダメ……。いつまでも、堂島さんに頼ってちゃダメだよ」
零れ落ちた言葉と共に、チクリと胸が痛む。
いつまでも頼り続ける訳にはいかない。依存してちゃいけないって冬美ちゃんにも言われたし、自分でもそう思ってた。
けれど――。
あの子が修学旅行に出掛けた日の夜、堂島さんから言われた言葉の意味を、すぐには理解出来なかったけれど。
干渉しないで欲しいという意味に気付いた時から、今みたいに胸が痛む。
「……いつまでも依存しちゃいけない。でも……あんな風に線を引かれるのは、寂しい……よ」
携帯電話を握り締め、もう一度電話番号を表示させる。
(堂島さん……)
押せないボタンを指で撫でると涙が溢れそうになり、私はしばらくの間、高く遠い空を見上げ続けた。
(Completion→2010.11.03)