『大人のようで子供のようで』


 一緒に生活をするようになって(とは言っても週末婚のようなものなんだけど)、初めて知ったことがいくつもある。
 夜、食後にコーヒーを飲む習慣があること。
 眠る時、必ず右側を向いて寝ること。
 柔らかな髪は少し癖毛で、朝起きると寝癖が結構ひどいこと。
 日曜日の朝、戦隊物のテレビ番組を観ること(診察の時に子供へのコミュニケーション手段になるんだって!)――。
 他にも、細かくあげていったらきりがないぐらいに。今まで知らなかった恭也さんの一面を知る度に微笑ましくなる。
「……どうかしたのかい?」
 私の視線に気付いたらしい恭也さんが、読んでいた本から顔を上げ、首を傾げた。
「うん、ちょっと恭也さんの事を考えてた」
「それは……」
 なんだか嬉しそうに表情を崩しながら、恭也さんは本を閉じて手近な所に置く。そしてちょいちょいと手招きして私を隣に座らせると、肩を抱き寄せた。
 ごく自然に抱き寄せられて、私は彼に体を預ける。
「……それで、どんな事を考えていたの?」
「気になる?」
「そりゃあね。自分の事を考えていたと言われて、気にならない人なんかいないだろう?」
「それもそうね。でも、教えない~」
 クスクスと笑いながらいじわるをしてみる。困った顔をする恭也さんが可愛くて『秘密』だと繰り返していると、ふいに彼がニッコリと笑った。
「じゃあ、こうしてみようか」
「…………へ?」
 言葉の響きに嫌な予感を抱いた次の瞬間、わき腹をくすぐられて体がビクリと跳ねる。
「や、ちょ、ちょっとぉお~~~!? きゃあっ! やっ……そこは、やめっ……!」
 恭也さんの指はどうしてそこが分かるのかというぐらい、的確に弱い場所を責めてきて。
 逃れようとしても、簡単には放してくれない。
「あははははっ、やだ、そこはダメだって! あっ、ちょっと……恭也、さんってば、もう……やぁ……っ」
 くすぐったくて、体に力が入らなくて。笑いながらソファに崩れ落ちると、満面の笑みを浮かべた恭也さんが私を見下ろす。
「教えてくれる気になったかい?」
「……っ、ひ、ひどい! そんなの、反則だよ!」
「う~ん、先に私の反応を見て楽しんでいたのは夏見さんだよ? だから、単にお返しをしただけなんだけどね」
「お返しって、私は手なんか出してないのに~……」
「まぁまぁ。……で、話してくれる気になった?」
「うっ……、それは…………」
 言葉に詰まると、恭也さんはわき腹へと再び手を伸ばす。
 さわさわと触れる程度に指が撫でていき、いつでもくすぐり開始といった様子で私の答えを待っている。
「さぁ、お嬢さん……」
 昔の呼び方で囁かれ、自白を促す指先を意識すれば抗う術なんかなく。
「……降参っ! 話すから、くすぐるのは禁止!」
「ふふっ、わかったよ。……で、どんな事を考えてたの?」
「えっと、その前に、この体勢を戻さない?」
 ソファに沈み込んだ私と、それを上から見下ろす恭也さん。なんだかこう、妙に落ち着かなくて提案するけれど、彼は『上手いこと逃げられてしまいそうだから』と首を振った。
「さぁ、聞かせてくれるね?」
「……ん。あのね、一緒に過ごすようになって、今まで知らなかった恭也さんの癖とか習慣とか、そういうのを知るのがなんか新鮮だな~って思って」
「それは、幻滅したとかじゃないよね?」
「それはないない。逆に、なんか可愛いな~とか思っちゃったりして」
「か、可愛い……?」
「うん。ずっと落ち着いてて大人だなぁ……なんて思ってたけど、意外と子供っぽい所もあったりして。今だって、こんな風にくすぐってみたりするし……」
「うーん……。そうだね、私だけじゃなくて大人ってそういうものなんじゃないかな。自分自身はいつまでも子供のような感覚を持っていたりするけど、歳を重ねていくごとに周りの環境に合わせてそれを抑えたりしていくんだよ。だから『大人』に見えるだけで、実際に昔から持っている心は案外変わらないものじゃないかな」
「……言われてみればそうね。私も、気持ちの上ではいつまでも若いつもりなんだけど、実際の歳を考えると……ねぇ」
「まぁ、歳の事を話しても何も始まらないよ。それより、子供のような大人の遊びをしてみない?」
「はい……?」
 突然話の矛先が変わり、私は恭也さんを見上げた。
「私達は子供のようで大人だからね」
 なんだか意味深な言葉を告げながら、さっきまでわき腹を撫でていた指先が服の下へと滑り込む。
「ちょ、恭也さん!?」
「なんだい?」
「そんな、急に……、こんな所でっ」
 非難の声をあげるけれど、恭也さんはさらさら止める気なんかない様子で。
「言っておくけど、急にではないよ? くすぐっている時の君の反応が艶っぽかったからね」
「んぅっ……!」
 耳元で囁かれ、いきなり耳を舐められてゾワリと体が疼く。
「……ふふっ。こういう時は子供でなくて良かったと思うよ」
「…………っ、恭也さんのカバっ!」
 胸元のボタンを外す恭也さんに文句を言いつつ、私は彼の首に手を回した。