『冬の日に』


「ふーっ、さすがにお米10キロを家まで運ぶのはキツイわね……」
 私は一度買い物袋を地面に置いて腰を伸ばした。いくら特売で安かったとはいえ、他の大根や白菜といった野菜と一緒に持ち帰るのは無謀だったかもしれないと今さらながらに思う。
 冬の寒空の下、額にはうっすらと汗が浮かび始めていて。
(う~、でも頑張らなきゃ)
 家計の為にと気を取り直して買い物袋を持ち上げ、歩き出す。ずっしりと肩にかかる重さに閉口しながら家に向かっていると、ふいに後ろから声を掛けられた。
「こんにちは、お嬢さん」
「あ……堂島さん」
 聞き慣れた声に振り返ると、堂島さんはにこりと笑って私の前に立った。
「今日はまたずいぶんと買い込んだんだね」
「あはは、特売してたからついつい調子に乗っちゃって」
「それで今、無理をしているという訳だ。……手伝うよ」
「え……?」
 断る間もなく、堂島さんは私の手から米と野菜の袋を取り上げる。
「でも、往診の途中なんじゃ……」
「今はその帰り道だよ。まだ夕診までには時間もある事だし、少し寄り道するぐらい構わないよ」
「ありがとうっ!」
 思いがけない申し出に心から感謝して、私は残った買い物袋を持ち直して堂島さんの隣を歩き始めた。
 他愛ない話をしながら歩く帰り道。荷物の重さと一緒に気持ちまで軽くなって、自然と笑顔が零れるのが分かる。
 談笑しながらしばらく歩いていると、ふいに堂島さんが立ち止まって荷物を置き、振り返った私を手招きしてマフラーを外した。
「どうしたの、堂島さん……っ、わわっ……」
 分からないままに前に立つと、ふわりとマフラーを巻かれて首元が温かくなる。
「こ、これ……」
「頑張ってた時に体が熱かった分、そろそろ寒くなるだろうと思ってね」
 言われて初めて気付く。確かに掻いた汗が冷えてきている。
「でも、堂島さんが……」
「私は平気だよ。ほら、行こう」
「……うん」
 荷物を持って歩き出すのに続き、隣を歩きながら物思う。
(堂島さんって、こうやっていつも私が困っている時に声を掛けてくれてるよね)
 あの子達の事で悩んでいる時や私自身の事で落ち込んだりしている時。必ず声を掛けてくれるのは堂島さんで。
(いつも、支えてもらっているんだよね。それに……)
 何気ないようなこんな時も――。
「…………」
 吐く息は白くて、荷物を持つ手は冷え切って冷たいけれど、並んで歩くこの時は寒いと口でいいながらも心は温かい。
 隣にいる堂島さんの存在が、私に温もりを与えてくれているんだって気付く。
「……堂島さん」
「ん?」
 首を傾げた堂島さんに、私はそっと告げた。
「あのね、いつもありがとう」
「……どういたしまして」
 いつも私を支えてくれてありがとうと、言葉に込めた意味が伝わったのかは分からないけれど。
 突然の感謝の言葉に返された微笑みが優しくて、急に胸の奥が熱くなった。