『Promise You』


「ママ、だいじょうぶ?」
 風斗は心から心配し、浴槽のふちに片足を掛ける夏見を見つめた。
 一方の夏見が見上げているのは、数日前からカタカタという音を発し、異常を知らせていた浴室の換気扇だ。
 これぐらいなら放っておいても――と思っていたのだが、日々大きくなっていく音に放置しておく訳にはいかなくなり、調子を見ようと今に至る。
「……むり、しないでね?」
 言葉を重ねる幼い息子は、脚立も使わずに高い所での作業をしようという状況に、不安を覚えているのだろう。夏見は視線を風斗に向け、笑顔を浮かべた。
「だ~いじょうぶっ! こんなのすぐに終わらせちゃうからね」
 大掃除の時には脚立を使うが、少し見るだけのつもりなので、脚立を持ち出すより浴槽に上った方が手っ取り早い。そう判断し、夏見は浴槽のふちを足場に立ち上がり、換気扇へと手を伸ばした。
「えっと、まずはカバーを外して……。ん~、風斗、ちょっとこれ持っててくれる?」
「うんっ」
 プラスチック製のカバーを外し、手を伸ばす風斗にそれを渡そうとするが、背の小さな彼に渡す為には距離が足りず。姿勢を低くしようとした瞬間、ずるりと足が滑り、夏見は派手な音を立てて浴槽の中に落ちてしまった。
「~~~~~~っ」
 全身を襲う痛み。
 痛みに身を捩じらせる夏見を見て、風斗の目に涙が浮かぶ。
「……マ、ママっ!! ふっ、ふえぇ……」
「だ、大丈夫だからっ! 泣かないで、ね? 風斗っ」
 泣き出しそうな風斗に、夏見は慌てて声を掛ける。
 保育園に入園する前に比べたらマシにはなっているが、一度泣き出した風斗は火がついたように泣き続けてしまう。それを泣き止ませるにはかなりの労力が必要で、今の状態で対応するだけの余裕はない。
 正直に言えば泣きたいのは自分の方だと思いながら、夏見はゆっくりと半身を起こした。
 ズキズキと痛む手を伸ばし、自分を見つめる泣き虫な息子の頬に触れる。
「……ね? ママは大丈夫。だから、泣かなくていいの」
「……う、…っく。うん……ぅ」
 夏見に触れられ、風斗は必死に泣くまいと滲んだ涙を拭い、うなずいた。
「うん、風斗はいい子だな~」
 ぐりぐりと風斗の頭を撫でながら、夏見は僅かに表情を曇らせた。
 時間の経過と共に全身の痛みはいくらか落ち着いたものの、左足だけは痛みを増してきている。少し動かしただけで激痛が走り、素人感覚にも明らかに異常だと分かる。
(どうしよう……。こんな状態じゃ下手に動けないし)
 痛みに耐えられずに眉間に皺を寄せると、夏見の状態を察し、風斗の目に再び涙が浮かんだ。
「ママぁ……」
「な、泣かないの風斗! 大丈夫っ。こんなの堂島さんに診てもらったら、すぐに――っ」
 風斗を落ち着かせる為に告げた言葉に、ハッと顔を上げる。
(……そうだ、堂島さん! 確か今日――土曜日って、午後は休診だったよね? 迷惑掛けちゃうけど……)
 思い当たった先に、夏見は風斗の目を真っ直ぐに見た。
「ねぇ、風斗。堂島さんのところに電話できるかな? ほら……この前、冬美ちゃんのところに電話したでしょ? "もしもし"の機械を持ってから、緑のボタンを押したよね。……覚えてる?」
「……うん。おぼえてる」
 パチパチとまばたきをし、風斗はコクリとうなずく。
「よしっ! ……じゃあ、よく聞いてね。緑のボタンは冬美ちゃんのところに繋がったでしょ? そのボタンの隣にね、青いボタンがあるんだけど、それを押すと堂島さんのところに繋がるの。風斗、堂島さんに電話をするにはどうすればいいのか、分かる?」
 夏見の言葉に、風斗は涙に濡れた目をパチパチとさせて、やがて大きくうなずいた。
「えっと……ね、もしもしのきかいをもって……あおいボタンをおすんだよね? ママ」
「そうそう! えらい風斗っ!!」
「えへへ~……」
 嬉しそうに笑う風斗の頭を撫で、夏見は言葉を続けた。
「それでね、堂島さんとお話できたら、ママがケガしちゃったからおうちに来て欲しいって言ってくれる?」
「うんっ!」
「お願いね、風斗」
 夏見の切実な願いに応え、風斗は浴室を出て居間へと向かう。
 まだ小さな子供だが、風斗は同じ歳の子供と比べてしっかりしている――そう冬美が言っていた事を思い出し、夏見は浴槽にもたれかかった。
「泣き虫で甘えん坊ばっかりだと思ってたけど……」
 思わぬ機会に息子の成長を実感し、少しの間痛みのままに顔をしかめる。
 ズキンズキンと響くような激痛の中、ふいに夏見は清四郎の顔を思い浮かべた。
「……どうして、帰ってきてくれないのよ」
 半ば無意識に零れた言葉は、押し隠していた心を震わせる。
「清四郎さんがいてくれたら……」
 こんなことにはならなかったのだと。離れ離れになってしまったもう一人の息子――雷斗も一緒に、四人で笑い合っていたはずなのにと、夏見は目を閉じた。
「……痛い」
 そっと腫れ上がった足首に触れ、その熱さに意識を現実に戻す。
「ん、今……そんな事を考えたって仕方ないよね」
 怪我をした事で弱気になってしまったのか。自分らしくないと頭を振り、気持ちを切り替えて顔を上げると、タオルを手に持った風斗が浴室へと戻ってきた。
「風斗、それは?」
「あのね、どーじまさんがおみずにぬらして、あしをひえひえしなさいって。ほんとうはこおりがいいんだけど、ぼく、せがとどかないから。……あっ、それからね。すぐにいくからまっててねっていってたよ」
「足をひえひえ――冷やして……って、風斗、堂島さんに説明してくれたの?」
「うん。ママがおふろでころんで、あしをけがしてうごけないのって」
「そっか……。ありがと」
 夏見はタオルを受け取り、笑顔を浮かべた。
「ママ、あし、ひえひえしてね?」
「りょーかい!」
 頼もしい家族に、先ほどまで抱いていた気持ちはすっかり消え去り、夏見は伝言の通りに足に濡れタオルを当てた。
 堂島が着くまでは下手に動かない方がいいだろうと、風斗と話をしながら待っていると、やがて訪問を知らせるインターホンの呼び出し音が耳に届いた。
「あ、どーじまさんだ!」
「風斗、玄関の鍵を開けてくれる?」
「うん! ……どーじまさーんっ」
 パタパタと迎えに出た風斗に連れられ、間もなく堂島が浴室に顔を出し、表情を曇らせた。
「どうしてこんな所で転んでしまったのかな、と追求したい所だけれど。まずは足を診ようか。……大丈夫かい?」
「ううっ、本当にごめんなさい。左の足首なんだけど、痛みがひどくて、ちょっとでも動かすと激痛が……」
「どれ、ちょっと失礼――と……」
 浴槽に身を乗り出し、濡れタオルを外して足首を見た堂島は眉根を寄せた。
「これはひどいね。下手をすれば骨もどうかしてるかもしれないけれど……。うーん、ちょっと痛いけど診察させてね」
「お願いします……」
 そっと触れただけでも痛いのにと、『ちょっと痛い』発言に不安を覚えた夏見は次の瞬間、浴槽のふちをグッと握り締めた。
 出来るだけ痛くないように配慮しているのだろうが、骨に異常がないかと関節を動かす手を、思わず払い除けたくなってしまう。
「~~~~~っ!」
 風斗の手前、声を上げることもできずに耐えていると、堂島の手が離れて夏見はホッと息を吐いた。
「痛い思いをさせてすまなかったね。とりあえず骨折はしていないようだから、このまま固定してしまおう。……ちょっと狭いけど、私も浴槽の中に入らせてもらうよ」
「あ、はいっ」
 堂島の言葉に、夏見は膝を曲げて彼の入るスペースを作った。空いたスペースに堂島が入り、小さな鞄から持ってきた処置道具を取り出す。
 そして準備を整えると、痛めた方の足を伸ばすように告げた。
「手当てをするから足を伸ばしてくれるかい?」
「え? でも伸ばすようなスペースが……」
「私の足を台の代わりにして構わないから」
「…………うん」
 躊躇いながら足を浮かせようとすると、とたんに痛みが走る。それを察した堂島が足先とふくらはぎを持って痛みが最小限になるように補助し、腿の上に乗せた。
「さっきも言ったように、骨には異常はないと思うよ。一度レントゲンを撮らないと断言は出来ないんだけどね。……恐らく捻挫だろうから、湿布とテーピングで処置をしよう」
 そう言うと手際良く湿布を貼り、足首を固定していく。
 夏見の処置をする様子をじっと見つめていた風斗は、やがて終わるのを待ってから堂島に話しかけた。
「どーじまさん。ママ、だいじょうぶ?」
「ああ、そうだね。痛みはこれでずいぶん和らいだはずだよ。……でも、足を痛めてしまったから、しばらくは歩くのも大変になりそうなんだ。だから、君はできるだけママを助けてあげるんだよ。それから、ママが無理をしそうだったら、私や冬美さんに電話をするように。……そう、さっきみたいにね」
 堂島は風斗の頭に手を乗せ、優しく髪を撫でた。よくやったねと言葉を添えられ、風斗は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「うん。だって、ママはぼくがまもるんだもん」
「ありがとう、風斗」
 うん、とうなずく風斗を心強く思い、夏見は表情を和らげた。
「……さて、と。処置も終わった事だし、ゆっくり立ってみようか。テーピングしたとはいえ、かなり痛むはずだから、体重をかけないように注意してね」
「……ん」
 堂島に促され、浴槽のふちを持ちながら右足だけで立ち上がり、一息つく。そして試しにと左足を浴槽の底につけ、少し体重を乗せようとしたが、すぐに止めて再び息を吐いた。
 支えを頼りに立ち上がる分には問題はないが、やはり彼の言う通りに左足をかばわなければ、とたんに痛みが走ってしまうだろう。
 夏見はようやくの思いで浴槽から出て立ち上がり、さらに一つ大きなため息をついた。
「この調子じゃ、歩くのも無理そうだわ」
「まぁ、少なくても治るまでに数週間はかかるだろうね。さ、私につかまって」
「うん……」
 差し出された堂島の手を頼り、心配そうな風斗に見守られながら移動する。
 そして部屋に着くと、横になるように促され、折りたたんだ座布団の上に左足を置くことになった。
「しばらくこのまま足を上げていて欲しい。腫れを抑える効果があるからね」
「……ありがとう、堂島さん。それと、お休みの所をごめんなさい」
 腰を下ろし、不安げな風斗を膝の上に乗せた堂島に、夏見は頭を下げた。とっさに頼ってしまったが、普通だったら身内である冬美に連絡を取るべきだったのだ。
 だが、堂島は風斗の頭を撫でながら笑顔を浮かべた。
「ああ、そんな事は気にしなくて構わないよ。それより、どうしてこんな事になってしまったんだい?」
「それは……その、少し前からお風呂場の換気扇の調子が悪くて、ちょっと調べてみようと思ったんだけど、脚立を出すのが面倒で……」
「なるほど。それで足場の悪い浴槽に足を掛けて、落ちてしまった訳だと」
「あれぐらい大丈夫だと思って。でも結果的には――」
 はぁ、と何度目か分からないため息をつき、夏見は堂島を見上げた。
「自業自得、ですよね。風斗にいっぱい心配させちゃったな……」 
 手を伸ばし、風斗の小さな手をそっと握る。
「そうだね……。"ありがとう"と"ごめんなさい"は、この子に言うべきかもしれないね」
「うん、そうかも。……風斗、心配させてごめんね? それから、ママを助けてくれてありがとう」
「……っ、ママぁ。ふっ……、ぅ…っく、ふぇぇ……」
 緊張の糸が切れたのか、風斗は夏見の手を握り返し、肩を震わせて嗚咽をもらした。だが、いつものように大声をあげて泣き出す訳ではない。
 どこか違うその様子に、夏見は首を傾げた。
「風斗……? もしかして、ママが泣かないでってお願いしたから、我慢……してるの?」
「……ああ、風斗くんはママとの約束を守ろうとしているんだね。でも、もう泣いてもいいんだよ。ママはもう大丈夫」
 そう言いながら堂島が頭に手を置くと、ボロボロと涙を流し、風斗は堂島にしがみついて泣き声をあげた。
「よしよし、いい子だね」
 背中に手を添えてぽんぽんとたたきながら、堂島は夏見と目を見合わせ、微笑みを浮かべる。
 やがて泣き声は少しずつ小さくなり、風斗の体はくったりと堂島に預けられた。
「ふふっ、泣き疲れて眠ってしまったみたいだね」
 寝息を立て始めた風斗を抱き上げ、堂島は夏見の隣にゆっくりと横たえた。身動きし、小さく声を漏らすが起きることはなく、あどけない寝顔を見せる。
「このままだと少し寒いかな。タオルケットはあるかい?」
「あ、そこの引き出しに……」
「了解」
 堂島は指で差し示されたタンスからタオルケットを持ち出し、それを広げて二人に掛けた。
「君も少し休むといい。この子に心配を掛けないように気を張っていただろう? 自分が思うより、心と体は疲れているはずだからね。眠れなくてもいいから、目を閉じて体を休めるといい」
「うん。堂島さん、ありがと――っ」
 感謝の言葉を告げ、笑顔を浮かべようとした夏見だったが、その目に涙が浮かび、一滴零れ落ちた。
「あれ? やだな、何で涙が……」
「………………」
 戸惑い、涙を拭う夏見を見て、堂島は小さく笑う。
「君は、頑張りすぎだよ。一人で何でもこなそうとして、無理をしがちな傾向にあるよね。……頑張っている姿はとても素敵だけれど、君は決して一人じゃない。冬美さんはもちろん、私も君の力になろうと思っているんだ。どんな小さな事でも構わないから、頼って欲しい。……清四郎の代わりにはなれないけれどね」
 風斗に接するようにポンポンと優しく頭を叩かれ、夏見の目から涙がとめどなく溢れる。
 堂島の言葉と安心させるような笑顔に、ふっと何かが緩んだようで。泣き止もうと思っても上手くいかず、嗚咽が漏れる。
「……今だけは我慢せずに、泣きなさい」
 重ねて掛けられる言葉にうなずき、夏見は我慢する事を止めた。
 慣れない子育てに家事、そして始めたばかりの仕事。
 いつか帰ってくる清四郎と再会出来るその日まで、ただがむしゃらに頑張ろうと決意して。
 だが、彼が遺跡調査に向かって早数年。
 心の底に押し隠していた不安や寂しさが、涙と共に溢れ出していく。
 夏見は溢れる感情に全てを任せ、声を殺しながら泣きじゃくった。



 それからどれぐらいの時間が流れたのだろう。いつの間にか泣き疲れ、眠り込んでいた夏見はふと目を覚ました。
 薄暗い室内に、閉じられたドアの隙間からキッチンの光が漏れている。隣に寝ていたはずの風斗の姿がなく、時間がずいぶんと経過しているのだと知る。
「…………起きないと」
 ぼんやりとする頭で、晩ご飯を作らないと――と思い、夏見は起き上がった。
 処置とテーピングのおかげか、左足の痛みはずいぶんと和らいでいる。
(うん、これなら大丈夫……)
 体重を掛けないように気を付けながら移動し、ドアノブに手を掛けて気付く。鼻に届いた匂いと、楽しそうに話をする二人の声に。
「あ……」
 まさかと思いながらドアを開けると、晩ご飯の支度をする堂島と風斗の姿があった。
「ママっ!」
「ああ、起きたんだね。ちょうど良かった。あと少しで出来上がるから、風斗くんと一緒に座って待っていてくれるかな」
「え、堂島さんが作ってくれたんですか?」
「ああ、簡単なもので申し訳ないけれどね。勝手に台所を借りてしまったけれど、良かったかな」
「それはもちろん……」
 驚きながら答え、夏見は促されるままに食卓についた。
 テーブルの上にはサラダとパンが置かれ、ガスレンジで温められている鍋の中身は、匂いからシチューだと分かる。
「ママ、おいしそうなにおいだね」
「ふふっ、本当にね。お腹空いちゃったね~」
 夏見と風斗の声に、堂島はシチューを食卓に置いた。
「それじゃあ、揃ったところで食事にしようか」
『は~いっ!』
 二人そろった返事の後に、いただきますの挨拶をして食べ始める。
 夏見はシチューを口に運び、口元を緩めた。
(美味しい……)
 買い置きのルーを使ったシチューは、いつもと変わりない味のはずなのに。それは心から美味しく思えて。
 堂島を見ると、彼は風斗を見て穏やかな笑顔を浮かべている。
 一方の風斗もどこか上機嫌で、にこにこと笑っている。
(……ふふっ。なんかこういうのっていいなぁ)
 微笑ましさを感じながらパンに手を伸ばすと、ふいに堂島に話しかけられた。
「ああ、そういえば換気扇だけど、固定していたネジが緩んでいたから、締めなおしておいたよ」
「夕ご飯だけじゃなくて、換気扇まで……? なんか、本当に堂島さんには迷惑かけっ放しだなぁ……」
「これくらいお安い御用だよ。言ったよね。どんな小さな事でも構わないから――って。今回みたいに無理をして、怪我をしてしまってはいけないからね。清四郎の代わりまで君が背負う必要はないよ」
「……はい」
 君は決して一人じゃない――その言葉を思い出し、じんわりと滲んだ涙を拭って夏見はうなずいた。



「それじゃあ、今日はこれで帰るよ」
 食事の後、片付けを終えた堂島の言葉に夏見は立ち上がろうとし、それを制された。
「君はそのままで。見送りは風斗くんにお願いするよ。玄関の施錠はこの子が出来るだろうからね」
 足元に立つ風斗の頭を軽く撫でる堂島に、夏見は浮かし掛けた腰を下ろした。
「今日は本当にありがとうございました。それから、いろいろとごめんなさい」
「いやいや、そうかしこまらなくていいよ。じゃあ明日、また様子を見に来るから。その時に杖も持ってくるよ。……風斗くん、玄関まで一緒に来てくれるかい?」
「うん! あ、でもね。だっこしてくれたらいっしょにいってもいいよ?」
「こら、風斗! 甘えないのっ」
「ははっ、構わないよ。よし、行こうかっ」
 ひょいっと風斗を抱き上げ、堂島は歩き出す。
 部屋の入り口に立った彼はふと振り返り、夏見を見た。
「君に言ったことだけれど。約束……してくれるかい? 決して一人で無理はしないと。困った時には私や冬美さんに相談すると」
 心から自分を心配してくれているのだと。堂島の言葉とまなざしを受けて、夏見はうなずいた。
「いろいろ迷惑かけちゃうかもしれないけど、今度からは必ず相談します」
「うん、それでいい。それじゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
 挨拶を交わし、堂島は一度うなずくとアパートを後にした。
 玄関の鍵を掛け、戻ってきた風斗を夏見は抱き寄せる。
「風斗、今日はありがとね。……ママ、風斗がいてくれて本当に良かったって思うよ。それにね、堂島さんも。今までパパの分もって思って頑張ってたけど、これからはみんなの力も借りていくよ。だから風斗も、頼りにさせてね?」
「うん。ぼく、ママをまもるよ! だからね、ゆびきりしよ~?」
「じゃあ、約束ね?」
 笑い合いながら指切りの約束をする。
 そして風斗を強く抱き締めて、夏見は交わした二つの約束に笑顔を浮かべた。