『独白』


 診療を終え、いつものようにコーヒーを淹れ、デスクにマグカップを置いて一人事務作業に向かう。
 書類にペンを走らせしばらくの時が過ぎ、一息入れようとした私はコーヒーを口に運び……思いがけず常より苦いそれに思わず顔をしかめた。
「……粉を入れ過ぎたか」
 手癖で入れたはずの豆の量がいつもより多かったらしい。疲れているのかもしれないと思いけれ――ど、それだけではないことに思い至って私は息を吐いた。
 平常を装いながら、そうでいられないのは他でもない彼女のことが心の奥で燻っているからだ。これ以上はと自分から線を引いたくせに、彼女の存在が自分にとってどれほど大きなものになっているのか、返って明確になってしまっている。
『最近、お母さんの様子が変なんだ。……まぁ、変といえば堂島さんもだけどね。あんまり一人で抱え込んでちゃダメだよ?』
 それは先日会った風斗くんの言葉。人の心の機微に聡い彼に、自分だけでは抱えきれない揺らぎが隠し通せるわけもなく。
 手の中のカップに視線を落とし、コーヒーの水面を見ながら彼女のことを思い浮かべる。
「いつだったか、君が淹れてくれたコーヒーは美味しかったな……」
 恋しいと思う。
 自分のために淹れられたコーヒーが。
 湯気の向こうにあった彼女の笑顔が。
「……会いたい、な」
 心の奥にしまっていた筈の本音を溢し、少しの間、目を閉じて――。
 そして私は苦いコーヒーと共に思いを飲み下し、再び書類にペンを走らせた。