『目一杯、背伸び中』
土曜日の午後、待ち合わせの場所に向かうかなではふと立ち止まり、足元を見て微笑んだ。
履いているのは真新しい白いミュール。
実年齢より大人びて見える大地に対し、かなでは幼く見られる事が多くあり、少しでも近付きたいと思って買った靴。実際に履いてみると少し大人になったような気持ちになる。
ハイヒールに慣れず、ここに来るまでに何度か転びかけたものの、大地がこれを見てどういう反応を見せてくれるのかと思うと楽しみで仕方がない。
(少しは大人っぽく見えるかな? 大地先輩はどんな言葉をかけてくれるのかな……?)
期待を胸に再び歩き始め、大地の元へと向かっていく。
やがて彼の姿を見つけたかなでは、転ばないようにと注意しながら足を進めた。
背伸びをした足元。早く声を掛けたいと思うけれど、転んでしまっては意味がない――そう思って緊張しながら近付いていき。
「こんにちは、大地先輩」
「やぁ、ひなちゃん」
「お待たせしまし――っ!?」
大地の前まであと一歩という所で、足元が崩れてバランスを失う。
笑顔で迎えた大地の顔が一変し、とっさに差し出された手がかなでを支え、転ぶ手前で抱き止められた。
「……危なかったね」
「ご、ごめんなさい……」
転ぶことを免れ、安堵する一方で情けない気持ちになり、かなでは深く息を吐いた。転ばないようにと思っていたはずが、こんなにも早く、しかも目の前でやってしまうとは。
「あの、大地先輩――」
体勢を直しながら改めてお礼を言おうと顔を上げると、かなでを見る大地は不思議そうな表情を浮かべていて。どうかしたのかと問い掛けるより早く、頭にぽんぽんと手が置かれた。
「……ひなちゃん、いつもより背が高い?」
「あ、それは……」
「ああ、そうか。靴が違うんだね。だから――」
大地はかなでを支える手をそっと離し、数歩離れて靴を確認すると優しい笑みを浮かべた。
「うん、よく似合ってる」
思いがけない形で気付かれ、掛けられた言葉と微笑みにかなでは頬を染めた。大地の言葉が胸を満たし、落ち込みかけた心を浮き立たせていく。
まるで大地の言葉は魔法みたいだとかなでは思う。
たった一言で幸せな気持ちをくれる大好きな人――。
背伸びをした靴を履きこなすことはまだ出来ないけれど、少しずつ彼に見合う女の子になっていきたい。その姿を、誰よりも近くで見ていて欲しい。
そんな願いを胸に、大地を見つめてかなでは微笑む。
「ありがとうございます。……でも、この靴すぐに転びそうになっちゃって。できれば……その、手を繋いでもらえると嬉しいです」
「もちろん構わないよ。むしろ俺にエスコートさせてくれないかな、ひなちゃん」
ウィンクと共に手を引かれ、かなでにとって特別な時間が動き出した。
お題『目一杯、背伸び中』 (Completion→2010.03.18)
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