『二人の距離』 (金色のコルダ3/大地×かなで)



 土曜日の午後、待ち合わせ場所の公園は多くの人で賑わっている。
 約束の時間よりずいぶんと早くに着いたかなでは、腕時計を見て時間を確認すると笑顔を浮かべた。
「大地先輩より早く着いたのって、初めてだ……。なんだかちょっと嬉しいな」
 いつもなら待ち合わせ場所には必ず先に大地が着いていて、優しい笑顔で出迎える。今日は逆に大地を迎えることが出来ると思うと、かなでの心は自然と浮き立った。
(大地先輩、どんな顔をするのかな?)
 先に待っていたと知った時の反応を想像するだけで、待つ時間も特別なものになる。
 通り行く人々の向こうからいつ彼がやってくるのだろうかと期待していると、思いがけない所から声を掛けられた。
「あれ、小日向ちゃん?」
「ほんとだ。……おーい、かなでちゃん!」
「え……?」
 少し離れた所から聞こえた声に顔を向ければ、そこにはクラスメートの姿があった。
「……夏希ちゃん、奈央ちゃん!?」
「こんな所で会うなんて、すごい偶然だね。かなでちゃん、一人なの? もし暇なら今から一緒にカラオケに行かない?」
「あ、今日は――」
「奈央~、見て分からないの? 榊先輩と待ち合わせてるに決まってるってば。そうなんでしょ、小日向ちゃん?」
 断りを入れる前に言い当てられ、かなでは照れながらもうなずいた。
 大地と付き合っている事は事実だが、いざ友人に話題を振られると嬉しさと恥ずかしさが交じり、くすぐったい気持ちになる。
「ごめんね。また今度、誘ってもらってもいいかな?」
「それはもちろん! ……でもさぁ、本当に羨ましいな~。あの大地先輩が彼氏だなんて。カッコイイのはもちろん、絶対に気が利くだろうし、いろいろリードしてくれそうだもん」
「それには同感。年上の彼氏って余裕があるし、いいよね。私も付き合うなら断然年上だな」
「そ、そうなのかな……?」
 かなでにとって大地が初めての恋人であり、比較が出来ずに首を傾げると、揃って『そういうものだよ!』と力強い返答が返された。
「まぁ、同い年がいいとか、年下の方がいいとか、人によってそれぞれかもしれないけど。でも奈央と私は断然年上派だよ」
「だからかなでちゃんが羨ましいんだよね。あ~あ、私もあんな彼氏が欲しいなぁ……。あ、ちなみに大地先輩とはどこまでいってるの?」
「……え? それって、その。キスしたかとか……そういうこと?」
 問い掛けられた質問の意味を、かなでは一瞬の間を置いて理解し、聞き返した。
質問の意味が分からないほど子供ではないし、上手く言い逃れ出来るほど大人でもなく。ただ、かなでの答えは二人の好奇心に火をつけてしまったようで、一気に話に花が咲き、質問攻めになる結果となり――。
「――へぇ、なんか意外かも。まだキス止まりなんだ。大地先輩って、手が早そうに見えるんだけど、そうでもないのかな?」
「小日向ちゃん、少し物足りなかったりしない? 私だったらこう、もっと積極的に攻めて欲しいと思うけどな」
「うんうん、彼氏の方にリードして欲しいよね」
 それぞれの言葉にかなでは複雑な表情を浮かべた。
 二人の思い描く『恋人像』は自分と大地の関係とは違っていて。
 確かに恋人としての特別な行為は一般的に見て進んでいないのかもしれない。けれど交わす言葉やキスは優しくも甘く、かなでの心を幸せで満たしてくれている。
 告白の時に告げられた言葉通り、大切にされていて幸せなのだと伝えたいが、止まらない勢いの友人達に気圧されて切り出せずにいると、少し離れた所から「ひなちゃん」と声を掛けられた。
「あ、大地先輩!」
「えっ……?」
「わ、ヤバッ」
 かなでの声に二人は我に返り、慌てて大地に頭を下げる。
「こんにちは、榊先輩」
「えっと、すみません。かなでちゃんをすっかりお借りしちゃって」
「二人ともこんにちは。ひなちゃんの友達だったよね」
「は、はいっ! ……あの、大地先輩はさっきの話、聞いて――?」
「話? いや、聞いてないけど何かあったのかな?」
「あはは、いや、何でもないです。じゃあ私たち、そろそろ失礼しますね。小日向ちゃん、また学校でね」
「バイバイ、かなでちゃん」
「……うん、またね」
 慌てて離れていく二人を見送り、その背中が小さくなった所でかなでは大地を見上げた。
「大地先輩、さっきの話を聞いていたんでしょう?」
「――本当にひなちゃんは時々鋭いね」
 困っていた所に助け舟のように現れた大地に、タイミングが良すぎると話を振ってみれば彼はあっさりと認め、笑った。
「いつから聞いていたんですか?」
「『大地先輩って手が早そう』の辺りかな。……俺ってそんなに軽そうなイメージなのかな?」
 苦笑する大地は肩を竦め、かなでの頭を撫でた。
「……ああいう場合はね、笑っていればいいんだよ、ひなちゃん。無理に話を合わそうとせずに、話を真っ向から否定することもない。ただ、私は幸せだからって顔をして笑えばいい。……たぶん、周りから見れば俺達の関係はずいぶんとゆっくりしたものだ。でも、周りに何か言われたからと言って、気にすることはないよ」
「…………はい」
 大地の言葉にうなずき、微笑みを浮かべる。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
 差し出された大地の手を取り、かなでは歩き始める。
 手を繋いで、隣を歩いて同じ風景を見て。それだけでも心は満たされる。
 いつかは恋人として今の距離だけでは足りなくなる日が来るのかもしれないが、その時まで、今はまだ――。
 かなでは大地を見上げ、そっと微笑んだ。