『愛に溺れ、甘いキスに融けていく』 



 光が差し込むあたたかなリビング。
 テーブルの上には用意した朝食を並べて準備は万端。
「あとは大地さんを起こして……。あ、でもせっかくのお休みだから、ゆっくり寝かしておいてあげたい気もするし」
 若手医師として忙しい毎日を送る大地さんが、こんな風に丸々一日お休みが取れることは珍しくて。だからこそ一緒に過ごしたいと思う反面、ゆっくりしてもらいたいとも思う。
 温かい食事を摂ってもらいたいとは思うけれど、やっぱり体を休めてもらう方が優先だよね――そう結論づけて鍋の火を切ると、後ろから「おはよう」と声を掛けられた。
「あ、おはようございます、大地さん。ちょうど今、起こしに行こうかどうか迷ってた所だったんですよ」
「そっか。……実はもう少し眠っていようかとも思ったんだけど、味噌汁の匂いにつられてね」
 言いながら、火を止めたばかりの味噌汁の匂いに鼻を利かせる大地さんは、なんだか半分夢の中みたいな顔をしている。
「……ふふっ。まだゆっくりしていてもいいですよ。ご飯はまた後で温め直せばいいし」
「いや、でもせっかく用意してくれたんだから……」
 言葉とは裏腹に、まぶたは重そうで体も少し揺らいでいる。これは本格的に夢半ばだと思い、体を支える為に腕に手を添えると、じっと見つめられてしまった。
「あの……大地さん?」
「………………」
「……えっと」
 何を言えばいいのか分からずに首を傾げると、ふいに抱き寄せられて大地さんの腕の中に囚われる。
 いきなりの事に上手く対応出来ずにただ棒立ち状態になっていると、彼の声が耳に届いた。
「……ごめん。なんか幸せだな、と思って」
「え……?」
「君が傍にいて、一緒に生活をして。こうしていると、結婚したのが夢じゃないんだと実感するよ」
「大地さん……」
 顔を上げると、私を見つめる瞳が優しく揺れている。
 結婚してもうすぐ一ヶ月になるけれど、大地さんがこんな風に言うのは初めてで。
 思い描いていた結婚生活。
 忙しい彼の仕事柄、一緒にいられる時間は思ったより少なくて、時々結婚したのは夢だったんじゃないか――なんて思うこともあるけれど、それは私だけだと思ってた。
「……夢なんかじゃないよ」
 『今』が本当なのだと、背伸びをしてキスをねだる。
「ああ、そうだね。これは夢じゃなく本当のことだ」
 大地さんは微笑んで、私の欲しい言葉とキスを返してくれる。
 ふんわりと触れた唇に幸せを感じて今度は私から口付けると、同じように返されてくすぐったい気持ちになる。
 キスを重ねて笑い合って。
 幸せだな、なんて思いながらもう一度とキスをすると、フッと顔を離した大地さんが私を見つめて困ったような表情を浮かべた。
「大地さん……?」
「ああ、いや。……うん、そうだなぁ」
 なんだか目の前の私を置いてけぼりで一人でうなずいて、そして何かを決めたかのように笑顔を浮かべる。
「……もう一度、キスをしてもいいかな?」
「へ? ……や、そんなの確認しなくても……その……」
 突然のことにしどろもどろになりながら答えると、満足そうにうなずいた大地さんは唇を重ねた。けれど、その口付けはさっきまでのじゃれ合うようなキスとは違い、もっと別の感情が伝わるもので――。
「……っ、んぅ……」
 深くて甘い、特別なキスに体から力が抜けていく。
 いつの間にか腰に回されていた手が崩れていきそうな体を支えていて、そのまま引き寄せられてふいに気付く。
 寝ぼけ眼だったはずの彼の目は、今はハッキリと私を映していて。代わりに熱に浮かされた私はぼんやりとした目で彼を見ている。
(あれ……?)
 ここまで来て、今の状況にようやく気付く。
 甘い雰囲気の先に待っているのは、朝食を摂るでなく寝直すことでもなく、もしかしなくても。
 瞬間、一気に昨夜の熱を思い出して身をよじる。
「ちょ、ちょっと待っ――」
「悪いけど待てないよ、かなで」
 にこりと笑った大地さんにそう宣言されて、与えられる甘いキスに思考が融かされていく。
「……愛してるよ」
 とどめとばかりに耳に囁かれた言葉に、私は返事の代わりに彼の背中に手を回した。











 コルダ3Web企画『君と過ごす夏』第二弾への参加作品。