誰かと一緒に休日を過ごすだなんて、今まで想像もつかなかった。
それがこんなにも幸せだという事を、知らずにいた。
『君と過ごす休日の時』
日曜日の朝、家を出て待ち合わせの場所に向かう。
きっと……いや、そうでなくともこれを『デート』だと言うのだろう。
学校のない休日の日に、特定の人と待ち合わせをして出掛ける事。
今までは他の誰かがそんな休日の約束を交わすのを横目で見て、くだらないとさえ思っていた。
けれど、いざ自分がその身になってみれば、それは大切な…尊い時間で。
「彼女と出会わなかったら、こんな気持ちを抱く事もなかっただろうな……」
一人つぶやいて、街路を歩く。
向かうは彼女と約束した、駅前の広場へ。
どこか心は浮き立っていて、自然と足が急いでしまう。
ふと思わず時計を見るが、まだ早すぎるぐらいの時間。
(……もう少し遅く出れば良かったかな)
そう思うが、きっと家で時間を見計らいながら待っていたとしても、今と同じ落ち着かない気持ちなのは変わらないだろう。
どうせ落ち着かないのなら、彼女を待ちながらの方がいいに決まっている。
そう自分に言い聞かせ、俺は急ぐ足をそのままに目的の地へと向かった。
*
空は青く、風は穏やかで心地いい。
休日という事で人通りの多いこの駅前は、これから出掛けようとする様々な人で賑わっていた。
家族連れ、友達同士、そして連れ添う男女の姿。
様々な人の様子を見ながら、自分はただ一人の人を待つ。
ぼんやりと人の流れを目で追いながら、俺はふと気付いた。
元来、人を待つという事は苦手な部類に入る方だった。
だからこそ自分も約束した時間にはその通りに着くようにしていたし、また相手にも時間を守ってもらう事を求めるような節がどこかにあった。
けれど、彼女に…香穂子に関してはそんな自分の通説などどこへやら、一変して今日のように待つ事さえ苦にも思わず、むしろこうして彼女に会えるまでの時間を楽しんでいるような自分がいる。
それが不思議で、でも新鮮で。
「俺も変わったものだな」
苦笑して目を細めていると、背後から声が掛けられた。
「月森くん、お待たせ」
その声に振り返ると、少し髪を乱した香穂子の姿。
時計を見ると、待ち合わせの十分前。
「おはよう、香穂子。ずいぶん急いで来たんだな。まだ待ち合わせの時間には早いのだから、そんなに急がなくてもいいのに」
苦笑して、その乱れた髪の毛に触れる。
きっと俺が早めに待っているのを見越して、早足でここに来たのだろう。
指で軽く髪を撫で付けると、香穂子はくすぐったそうに微笑んだ。
「だって、月森くんは必ず私より先に来るでしょ? たまには先に来て待ってようと思って、早めに家を出ようとしたんだけど、結局ギリギリになっちゃって……。それに早く会いたいっていうのもあるし」
「…………っ」
思わぬ言葉に――香穂子の笑顔に顔が赤くなるのが分かる。
「……それは俺も同じだ」
小さくつぶやいて、俺は手を差し伸べた。
「香穂子、行こうか」
「うん」
重ねられた手を取り、歩き始める。
繋いだ手から伝わる温もり。
その温もりが、俺に『幸せ』という感情を与えてくれる。
普段歩く道も、いつもと変わらない筈の空も。
君といると、それらがとても愛おしいものだと感じられる。
本当に、君が隣にいるだけで世界は変わる。
休日の、二人だけの時間。
隣を歩く香穂子は、俺と過ごすこの時間をどう考えているのだろうか。
もし、同じように幸せだと感じてくれているのなら、正直嬉しいと思う。
「………月森くん?」
俺の視線に気付き、香穂子が不思議そうに見上げる。
「どうかした?」
「いや、何も……。ただ、いい日になったな、と思って…」
言葉を濁すと、苦笑しながら『おじいちゃんが言いそうな言葉だよね、それって』とからかい、香穂子は空を見上げる。
「でも、本当にいい天気。絶好のデート日和だね」
「ああ……」
歩き続けながら、会話は続く。
こんな風に、一緒の時を過ごすこと。
誰かと一緒に休日を過ごすだなんて、今まで想像もつかなかった。
それがこんなにも幸せだという事を、知らずにいた。
君と過ごすこの日々を、俺は大切にしたい。
ずっと、こうして歩いていきたい――。
「………香穂子」
「ん?」
見上げた彼女の耳元で、そっと囁く。
「君が好きだよ、本当に」
真っ赤に染まる香穂子が、俺を見上げる。
「つ……月森くん!?」
何か言おうと口をパクパクさせるが、ふいうちにすっかりパニックになっているようで。
そんな香穂子を見て、俺は思わず声を出して笑い出してしまった。
君といると、本当に幸せで、本当に楽しくて。
君でよかった。
こんな気持ちを抱かせてくれるのが。
今までの俺を変えてくれたのが、他の誰でもない君で……――
よく晴れた休日の今日は、まだ始まったばかり。
――さぁ、君と一緒に出掛けよう。