もう何度この道を一緒に歩いたのだろうか。
肩を並べて、笑い合って。
けれど、どうしても手に入れられないものがある。
ほんの少しの距離。
ほんの少し、手を伸ばしたのなら。
自分の気持ちに素直になれたのなら、
この手に確かな温もりを感じる事が出来るのに………。
『この手の温もりを』
「土浦くん、お待たせ」
正門前、いつもの待ち合わせの場所で声を掛けられる。
振り返れば、俺を見上げる香穂の姿。
「一体何やってたんだ? 今日は本当に待ったぞ?」
「ごめんごめん、奈美との話が長引いちゃって……」
苦笑して俺の隣に立つ。
「行こう?」
そう笑顔で言って、香穂はゆっくりと歩き出した。
二人で歩く学校の帰り道。
それが当たり前になって、もうずいぶん月日が流れた。
季節も変わって、今は秋。
一緒に帰るきっかけが何であったか思い出せない程、日常の一幕となっていて。
「あのね、今日授業中に……」
すぐ隣で聞こえる香穂の声が、心地いい。
見下ろせば、必ず返ってくる笑顔。
こうやって隣で歩ける事を、幸せに思う。
言葉には出せないけれど、一緒にいられる日々がとても大切で、愛おしい。
「……それでね、この間は…」
隣を歩く香穂は、そんな事を考えている俺には気付かず、楽しそうに今日あった事を話している。
その横顔を見ながら、ふと思う事が一つあった。
こうやって一緒にいて、休日は二人で出掛けたりして。
隣を歩くのは当然の事になって、それを幸せだと思う自分がいるけれど。
――時々、足りなくなる。
その声も、その笑顔も。
すぐ隣にあるのに、それ以上のものを求めてしまう。
ほんの少し。
ほんの少しの距離にある、確かな温もりを。
「………土浦くん?」
俺の視線に気付き、香穂が立ち止まって不思議そうに俺を見上げてきた。
「土浦くん? 大丈夫? ……なんか、ボーッとしてる」
「いや、なんでもないから」
言葉を濁して微笑みを返す。
けれど香穂は探るように俺を見て、なんでもないって顔じゃないよねってつぶやいた。
「なんか隠してない?」
「別にお前に隠す事なんか……」
「じゃあ、なに? 考え事?」
「いや、だから……」
考え事、といえばそうかもしれない。
言葉に詰まると、香穂が当たった?と表情を明るくする。
「あー、だから、その……」
言葉にするのが面倒で、それ以上に何て切り出したらいいのか分からなくて。
「土浦く……」
ほんの少しの距離。
ほんの少し手を伸ばして、香穂の手を握る。
「………こういう事。ずっと、こうしたいって思ってた。それだけだ」
俺を見上げる香穂から目を逸らして、前を向く。
「土浦…くん……?」
「……………」
まともに顔が見れない。
今、俺はどんな顔をしているのか、考えたくもない。
「ほら、行くぞ」
照れ隠しにそう言って、歩き出す。
手の中の確かな温もり。それが離れないのが、香穂が俺の事を確かに想ってくれている証で。
この温もりが確かに俺の中にある事を、心から幸せだと思う。
「なぁ、香穂」
「……ん?」
「お前はさ……いや、なんでもない」
『俺といて幸せか』なんて聞こうとして、それは無意味な質問だと気付く。
言葉にしなくても伝わってくる。
その答えは、この手の中にあるのだから。
手に入れた、確かな温もり。
今までよりももっと近く、この手に、この胸に感じて。
この幸せを、これから先も大切にしていく。
ずっと、ずっと――。
おまけ。
繋いだ手。伝わる温もり。
どこかくすぐったい感覚にただ黙って歩き続けていると、香穂が俺を見上げた。
「………ねぇ、土浦くん」
「……なんだ?」
問い掛けると、香穂はにこにこと笑いながらこう言った。
「……本当はね、もっと早くこうしてほしかったって言ったら、どう思う?」
「………なっ…!」
思わずうろたえると、可笑しそうに横を向いて必死に笑いを堪えている。
「あはは、土浦くん、顔が真っ赤だよ? ……前から思ってたんだけど、土浦くんって、大人っぽく見えて結構…」
「結構………なんだよ?」
その言葉の続きを言わせまいとわざと声を低くすると、香穂は肩をすくめた。
「ごめん、怒らないでね? ……でもね、こうしたかったっていうのは本心だよ? ずっと思ってて、でもなかなか言えなくて。だからね、嬉しかったりするんだ」
「香穂………」
少し顔を赤らめて照れ笑いする香穂。
不覚にも可愛いと思った次の瞬間、考えるよりも早く、体は動いていた。
繋いだ手を引き寄せて、そっと唇を重ねる。
触れるだけの、一瞬のキス。
「土浦……く…ん………」
体を離すと、顔を真っ赤にした香穂が俺を見上げ、まばたきをする。
そんな香穂から視線を逸らし、俺は手を引いて歩き出した。
「………行くぞ」
「え、あ……うん…」
離れない手。香穂の温もりに心地良さを感じる。
けれど、さっきまでと違う一つの事。
――繋いだ手が熱いような気がするのは、俺だけだろうか。