『ウェディング姿の君に妬く』  (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)



「ヨーコちゃんが花嫁役のバイトをするって⁉︎ しかも今日⁉」
 基地の休憩スペースにリュウジの声が響き渡る。彼にその話をした仲村はビクリと跳ねた後に目を瞬かせた。
「あれ? 聞いてなかったんですか? ヨーコちゃん、リュウジさんに伝えるって話してたんですけど」
「聞いてませんよ……」
 思い切り目を泳がせ、ウロウロと落ち着きなく周囲を歩き回るリュウジに仲村はクスリと笑った。ヨーコの事になるとリュウジは振り切れるくらい過保護になる。けれど最近は落ち着いてきていたから彼のこんな姿を見るのは久しぶりだ。
 以前、任務の為にヨーコが花嫁役をした時のリュウジと黒木、ウサダの様子を思い出して懐かしくなる。
 ヴァグラスとの戦いに終止符が打たれ、平和になった今という時だから少しくらい良いのではと思い、仲村は森下に連絡を取って半休の許可をもらうとリュウジに向き合った。
「リュウジさん、もし気になるようでしたら一緒に見に行きませんか?」
「仲村さん……?」
「今日、お仕事はお休みなんですよね? 私も午後の休みが取れたのでお付き合いします。ここでいろいろ考えるよりはいいかなと思うんですけど」
「……ありがとうございます。案内よろしくお願いします」
 少し悩んだ様子のリュウジが頷く。
 ヨーコの出演イベントは十四時からと聞いている。私服に着替えて再び集合することにし、二人は自室に向かった。



 都心から離れた郊外に電車で向かい、会場に着いたリュウジと仲村がスタッフに見学希望だと告げると、飛び入りにも関わらずイベントへの参加の許可が取れた。
 案内されたチャペルの長椅子に腰掛け、リュウジは周囲に視線を投げて、休みを取ってまで付き合ってくれた仲村に感謝した。
 見学者は七組のカップル。もし自分だけで来ていたら明らかに浮いていただろう。
 参加者はこれから行われる疑似挙式に期待しているようで楽し気に会話をしているが、到底そんな気になれない。
 自分の恋人が花嫁役なのだ。ウェディングドレスを纏い、知らない男の隣に立ち、芝居だとしても結婚の儀式を一通り行う。そんな想像をしただけで気持ちが騒めく。
 ヴァグラスとの戦いの中でヨーコが花嫁役になった時は、保護者として気持ちを乱した。けれど今抱えている気持ちは純粋な嫉妬心なのだとハッキリと自覚せざるを得ない。
「……リュウジさん、大丈夫ですか?」
「え……?」
 隣に座る仲村の心配そうな声に、リュウジは我に返って彼女を見返した。
「顔色が悪いですよ」
「そう……ですか?」
「はい」
 ハッキリと頷く仲村に苦笑する。
 まだヨーコの姿を見ていないのに、胸が締め付けられるように痛む。細く長い息を吐くと、リュウジは背もたれに体を預けた。
「俺、ダメですね。バイトでただ花嫁を演じるだけだって分かっているのに、嫌なんです。ヨーコちゃんより十二も年上なのに、器が小さくて自分が嫌になる。頑張ってねって笑顔で送り出してあげるべきなんだろうけど、それが出来ない。……だから、ヨーコちゃんも俺に言わなかったんだろうな」
「そんなことないと思います。それってリュウジさんがヨーコちゃんのことを大切に想っている証拠だと思いますし」
「重くてウザいって言われそうだけど」
「もう、自信持ってください! ヨーコちゃん、いつも話してくれるんですよ。リュウジさんがどれだけヨーコちゃんを大事にしていて、ヨーコちゃんもどれだけリュウジさんのことを好きかって」
「……そっか」
 いつもヨーコの相談相手になってくれている仲村の言葉に心が軽くなり、リュウジは笑った。
「あー。もっと頼りがいのある大人にならないとな。……帰りましょうか。俺たちがいたらヨーコちゃんもやりにくいだろうし」
「いいんですか?」
「ヨーコちゃんが選んだ仕事なんだから、やっぱり首を突っ込むのは野暮かなっていうのが半分。あとの半分はやっぱり知らない男と挙式するヨーコちゃんの姿を見たくないっていう子供染みた気持ちっていうのが正直なところ」
 肩を竦めてみせれば仲村は笑顔を浮かべる。
「……わかりました。戻りましょう」
 穏やかに笑う仲村と一緒にチャペルの出入り口に向かう。
 そこに立っているスタッフに急用が出来たと謝罪して外に出ると、陽の光が思いのほか眩しくて目を細める。一度目を閉じ、ゆっくりと瞼を開けて光に慣らしていくと遠方に白いドレスが見えた。
 認識したくなかった。ああ、会うつもりはなかったのに、とリュウジは狼狽する。
「リュウさん⁉ それに仲村さん⁉」
 聞き慣れた声が名前を呼ぶ。
 ざわりと心が騒めき、リュウジは反射的に目を逸らした。
「仲村さん、行きましょう」
 リュウジは自分たちに注視するヨーコの視線と声を振り払うかのように仲村の手を取り、通路を外れて彼女の前から姿を消した。
「……っ、リュウジさん、どこに行くんですか?」
「大回りになるけど、こっちからも出られるから。……ごめん。やっぱりまともに見る勇気はなかった」
「ヨーコちゃん、綺麗でしたよ。後でフォローしてあげてくださいね」
「善処します……」
「私も、ヨーコちゃんに謝ります。ここにリュウジさんを連れてきたのは私ですから」
 仲村の手を離し、リュウジは立ち止まって首を振る。
「行くと決めたのは俺です。それなのに逃げ出して中途半端になってしまったのは俺自身の責任だ。ヨーコちゃんが帰ってきたら話をしますね。……それまでに自分の気持ち、整理しておきます」
 避けるように去ってしまったことがヨーコの仕事に影響を与えないようにと身勝手に願いながら、リュウジは再び歩き出した。



「もう一度!」
 トレーニングルームにリュウジの声が響く。ゴリサキはリュウジの指示通りにバトルシミュレーションのプログラムを開始した。
 臨戦態勢でイチガンバスターを構えるリュウジの肩がピクリと動き、流れるような動作で次々と現れる標的に向けて銃を放つ。無駄な動きのない銃撃は的確に標的を打ち抜き、けれどほんの僅か、数ミリの誤差で狙いを外している。それは本人も自覚しているようで苛立ったような舌打ちが聞こえ、ゴリサキは心配そうに顔を回した。
 ヴァグラスとの戦いが終わり、システムエンジニアとしての職に就いたリュウジは本来訓練を続ける義務はない。それでも彼は有事の際に役立てるようにと毎朝の訓練は続けていて、休日である今朝も汗を流していた。
 訓練は体力と戦闘技術を維持するためのもので、いつもなら気分転換も兼ねている。それなのに外出から帰るなり、トレーニングルームに籠って執拗に訓練を重ねている。まるで自分自身を追い込んでいるように鬼気迫った顔をしていて、ゴリサキはクーリングの用意をしながらリュウジの背中を見つめた。
 射撃訓練の後は回避と迎撃が主目的のプログラムに移り、動きが激しくなる。ジワジワとリュウジの体温が上昇していき、次第に腕から蒸気が出始める。
「リュウジ! そろそろ止めるんだ!」
 ゴリサキが声を掛けるがリュウジは動きを止めようとしない。むしろ熱暴走を起こすことを望んでいるかのように声を荒げ、イチガンバスターを連射している。
「リュウジ! いい加減にしてくれよ‼」
 プログラムを強制終了して氷水を入れたバケツを引っ掴み、ゴリサキはガシャガシャと音を立てながらリュウジに駆け寄る。そして遠慮なくリュウジの頭から氷水をかけ、イチガンバスターを取り上げた。
「何があったんだよ。帰ってきてからずっと苛立っているけど、無茶苦茶しても解決しないんだろ? オレじゃ頼りないかもしれないけど、話してくれよ……」
 泣きそうな声のゴリサキにタオルを渡され、リュウジは壁に背を預ける。顔をひと拭いすると天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。
「ゴリサキ……ごめん、ありがとう。……俺、思ってたより余裕がないっていうか、子供なんだなって思って」
「子供……?」
「そう、子供なんだよ。ヨーコちゃんが花嫁役になるバイトをするって聞いて、会場まで様子を見に行ってさ。でもいざとなるとウェディングドレス姿の彼女が他の男の横にいるのを見る勇気がなくて。……仕事なんだから応援してあげたらいいのに、逃げ帰ってきたんだよ。一方的に嫉妬して、独占欲ばかりが先走って。大の大人が情けないだろ?」
「それでムシャクシャしてここに来たってことか」
「体を動かせば少しは気が紛れるかと思ったんだけど、やっぱり考えちゃってさ。照準はブレるし動きは乱れるし。熱暴走を起こしていっそ忘れられたら……なんてバカなこと考えてた」
「ヤキモチ妬くのは自然な気持ちだと思う。それはヨーコの事を大切に想う証拠だから。一人で思い悩むより、ヨーコにリュウジの気持ちを素直に伝えたらいいんじゃないかな。向かい合って話さないとお互いの気持ちはわからない、だろ? 大人だからって自分の気持ちを抑える必要はないんじゃないかな」
「……本当に。こんなことしても解決するワケないよな。ゴリサキのおかげで少し目が覚めたかも。ありがとう」
「うん。どういたしまして」
 嬉しそうなゴリサキにリュウジは笑顔を浮かべた。
 髪の毛をタオルで拭きながら一つ息を吐き、陽の光の向こうに見えた白いドレス姿のヨーコを想う。
 まるで逃げ出すようにその場を後にしたリュウジを見て何を思っただろうか。
(謝らないといけないな。それに俺の正直な気持ちも。ヨーコちゃんに関しては、俺は大人になれそうにないって)
 取り繕っても仕方がないと認めてしまえば心が楽になり。リュウジは改めてゴリサキに感謝の言葉をかけると更衣室に向かった。



「……にしても、毎度ながら全身ずぶ濡れだよな」
 ロッカーの前でジャケットを脱ぎながらリュウジは苦笑する。
 普段は冷却シートでクーリングをするが、緊急時は水や氷をかけられる。その度に下着まで濡れてしまうのだから困りものだ。
 扉を開け、袋を出してジャケットを入れているとモーフィンブレスの呼び出し音が鳴り響き、ブレスを取り出して応答する。と、ヨーコの声が聞こえてきた。
『リュウさん! よかったぁ、やっと繋がった』
「“やっと”って、何回かコールしたの?」
『そうだよ。何回も何回も呼び出してた。……今、どこにいるの?』
「トレーニングルームの更衣室だけど」
『わかった。すぐ行く』
 プツリと通信が切れ、リュウジは眉根を寄せた。
「え? ヨーコちゃん……?」
 直接会って話をしなければと思ってはいたが、急な展開に動揺する。
 すぐに行く、とヨーコは言っていた。すなわち、≪ここ≫へ。
「まさか更衣室にまで入ってくるワケじゃないよな? とにかく、着替えをしないと――」
 慌ててシャツを脱ごうと裾に手を掛けた瞬間、勢いよく更衣室のドアが開き、ヨーコが転がり込むように姿を現した。
「――リュウさん‼」
「うわぁぁ⁉ ヨーコちゃん、来るの早すぎだよ!」
「だって仲村さんに一緒に基地に戻ったって聞いたのに、部屋にいないし、食堂にもいないし、なんとなくここかなって思って向かってる途中で通信が繋がったんだもの。……って、どうしてびしょ濡れなの? 熱暴走した?」
「……熱暴走寸前だったんだよ。それでゴリサキが冷やしてくれたんだ」
「そっか。……あのさ、怒ってる……よね。今日のバイトの話、事前に相談しなかったこと」
「ヨーコちゃん?」
 更衣室に入ってきた時の勢いはどこへやら、足元に視線を落としてうつむくヨーコはまるで悪い事をしたかのように委縮している。リュウジは首を振り、膝をついてヨーコの顔を見上げた。
「うん、怒ってたよ。でも、それはヨーコちゃんに怒ったんじゃない。ヨーコちゃんがやりたい事を応援出来ない俺自身に怒ってたんだ。ウェディングドレスを着たヨーコちゃんが、俺以外の男の横を歩くのが嫌で。大人げなく嫉妬してさ。せっかくのドレス姿も直視出来なくて逃げ出して。なんかそんな自分が情けなくて、自棄になって体を動かしてた。……カッコ悪いよね」
「ううん、そんなことない」
 リュウジの独白を受けたヨーコが目に涙を浮かべ、唇を噛む。
「……私ね、友だちから今日のバイトを紹介されて浮かれてたんだ。綺麗なウェディングドレスが着られるし、メイクしてもらった姿をリュウさんにも見てもらって喜んでもらえたらいいなった思ってた。でも、やっぱり特別な姿は本当の結婚式までとっておきたいなって思い直して、それで内緒にしてたの。……リュウさんにそんな思いさせてたなんて思わなかった。ごめんね、リュウさん……。本当にごめんなさい」
「謝る必要なんてないよ。ヨーコちゃんの気持ち、話してくれてありがとう」
「リュウさん……」
 ふわりと膝をついたヨーコがリュウジの首に手を回す。反射的にヨーコの体を抱き寄せ、そしてふと自分の格好を思い出して慌てて引きはがす。
「ごめん、俺まだ着替えてないから濡れちゃうよ」
「そんなの気にしないよ。今はリュウさんとこうしたい」
 泣きそうな顔で飛びつくヨーコを受け止め、リュウジは彼女の肩に顔を埋めた。
 じわりとヨーコの服が濡れ、そしてその向こうの肌の温もりが伝わってくる。湧き上がる独占欲や支配欲のままに首筋に口付けると、ヨーコの手が背中に回り、リュウジのシャツを手繰り寄せる。
「リュウさん……」
 何度も執拗に肌へのキスを繰り返すリュウジに、ヨーコはじれったそうに身を捩った。
「ねぇ、キスしたい」
「だーめ。まだお預け。……嫉妬したのはホントだから。少し焦らしたい気分」
「そんなぁ……。リュウさんのいじわる」
 唇を尖らせるヨーコに笑い、リュウジは顔を上げて艶やかな唇に指を押し当てる。
 ヨーコに関しては大人になれそうにない。
 等身大の自分で彼女を愛そう。こんな自分を好きだと言って応えてくれるのだから。
 リュウジは穏やかな笑みを浮かべてヨーコの頬に唇を寄せた。








   おまけ


「服、これしかなくてごめん」
 ロッカーから予備のシャツとジャージのズボンを出し、ヨーコに渡すとリュウジは背を向けた。
 自分が着ていた服と彼女のワンピースを袋にまとめて入れて支度をすると、着替え終わったヨーコが上機嫌でリュウジの前に立った。
「えへへ、彼シャツ~。リュウさんのシャツ、やっぱり大きめだね」
「……っ、ズボンも履きなさい!」
「えー、こういうのって生足が出てるのがいいんじゃないの?」
「と、とにかくそういうのはまた今度。ほら、行くよ」
「あ、待ってってば!」
 慌ててズボンを履くヨーコをドアの前で待ち、リュウジは連れ立って更衣室を後にする。
 ヨーコと付き合っていることはオープンにしているが、さすがに今の彼女の服装を見られると何かとまずい。誰にも行き会わないように配慮しながら通路を進んでいると、ふいにヨーコがリュウジの手を取ってしっかりと握った。
「ヨーコちゃん……どうかした?」
 何か意図があるように感じて声を掛けると、ヨーコはリュウジを見上げた。
「……私も嫉妬したよ。リュウさん、チャペルから出てきた時に仲村さんの手を引っ張っていったでしょ。リュウさんと仲村さんが手を繋いでいるのを見て、少し嫌な気持ちになった。私もヤキモチやいたんだよ」
「そうだったんだね。……これからは気を付けるよ」
「私も。ヤキモチやいたリュウさん、ちょっと意地悪だし」
「ごめんってば」
「今度のお休み、デートに連れていってね。私、水族館に行きたいな~」
「了解。楽しみにしてるよ」
「うん!」
 繋いだ手をそのままに、リュウジとヨーコは歩き出した。