『呼び名』 (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ)
「ヨーコって呼び捨てしてくれないんだよね、リュウさんって」
司令室の休憩スペースでポツリとヨーコが零す。
相談なのか独り言なのか。ほんの一瞬判断に迷いつつ、ヒロムはコーヒーカップを置いてヨーコに向き合った。
「いや、呼び捨てにしてる時もあったぞ」
「えっ⁉︎ それっていつの話⁉︎」
「確か、ヨーコがチューバロイドに捕まってる時と、偽装結婚式の時。そういえばどっちもヨーコは聞いてなかったか。リュウジさん、お前のこと心配して余裕ない時にヨーコって呼んでる気がするけど」
「そっか……そうなんだ」
先程までの沈んだ様子から一変し、ヨーコが嬉しそうに笑う。
「呼び捨てで呼んで欲しいならそう言えばいいんじゃないか?」
「私からお願いするのは違うの」
「なんのこだわり?」
「ナイショ!」
ヨーコは椅子から飛び降り、「ヒロムありがとう」と言葉を残して司令室を出て行く。それを見送り、ヒロムが再びコーヒーを口にしていると入れ替わるようにリュウジが入ってきた。
「ヒロム、ここにいたんだ。今ヨーコちゃんと会ったんだけど、ずいぶん機嫌良さそうだったね。何か話してたの?」
「あー、なんかリュウジさんに呼び捨てで呼んでもらったことがないとか言ってて、あるって話したら喜んでましたけど」
「ん? 俺、呼び捨てにした事あったっけ?」
「チューバロイドの通信受けた時と、ヨーコと担任の先生の結婚式の時。どっちもリュウジさん余裕ない感じだったから、無意識だったかもしれないですね」
「そっか……。確かにそう呼んでたのかもしれないな」
「リュウジさんはずっと『ヨーコちゃん』ってあいつのこと呼んでますけど、別にヨーコって呼んでもいいんじゃないですか?」
「うーん……。そこはなんていうか、長年の愛着というか。ずっとヨーコちゃんって呼んできたのに、いきなり呼び捨てにするのも違和感あってさ」
笑顔を浮かべるリュウジがやんわりと理由を告げるのを聞き、ヒロムは彼がもっと深い理由でそうしないのだと気付いた。そしてリュウジがそれを易々とは教えてくれないであろうことも。
『私からお願いするのは違うの』
きっとヨーコも彼の意図を理解して無理強いはしないと言っていたのだ。
十三年という年月を共にした二人の関係は、ヒロムが思うよりも深く、簡単なものではないらしい。
「いつか本人の前でヨーコって呼んであげて下さい」
「考えておくよ」
せめてもと伝えたヨーコの願いの後押しを、リュウジは真摯な声で受け止める。
そんなリュウジに表情を和らげ、ヒロムはコーヒーを飲み干すと席を立った。