『告白』 (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)
待ちに待った週末、約束のドライブの日。
高速道路に乗って見慣れた都心部から郊外へとリュウさんは車を走らせた。
特命部にいた頃にはこんな遠出なんか出来なかったし、しようとも思わなかった。エネルギー管理局が私の居場所で、何かあればすぐに出動出来るようにあの場所にいるのが当然の生活だったから。
「あ、海だ……!」
陽の光を反射して、キラキラと水面が光っている。車窓から見える景色に思わず身を乗り出すと、リュウさんが笑った。
「うん、いい景色。綺麗だよね」
私は本当に、と返してこの光景を目に焼き付ける。
特命部が解散してしばらくの間、ヒロムが旅に出ていたけれど、こんな風に世界中のあちこちの風景を見ながら将来のことを考えたのかな。そう考えると、ニックと二人で広い世界を回ってきたヒロムが羨ましく、でも今の私だからこうしてリュウさんが外の世界に連れ出してくれるんだって気付く。
もし私が卒業して、自分の力で自由に出掛けられるようになったのなら、その時にリュウさんは隣に居てくれるのかな。それとも、離れていってしまうのかな。
『俺は仕事があるし、行かないよ。ヨーコちゃん、行ってらっしゃい』
高校に初めて登校した日、そう言って私を送り出したリュウさんを思い出す。
私を一人前の大人として送り出してくれたことを嬉しく思い、寂しくも感じた。
もう一度、今度は「サヨナラ」を言われたとしたら――。
「……っ」
鼻がツンとして胸が苦しくなる。
ハンドルを握るリュウさんの横顔をそっと見上げて、私は泣きそうになった。
いつかこの助手席に私じゃない誰かが座るとしたら。
その人をリュウさんが大切にして、優しく笑いかけるとしたら。
(そんなの嫌だ。私は……リュウさんの隣にいたい)
想いが募る。
つい数日前に気付いたリュウさんへの気持ちは一気に膨らんで大きくなる一方で。
泣いてしまわないように、私は窓の外へと視線を戻して唇を噛んだ。
*
「ヨーコちゃんはココアで良かったよね」
「うん。ありがと、リュウさん」
海沿いのサービスエリアで休憩をとり、車に戻るとリュウさんはポケットからココアの缶を出して渡してくれた。
私は温かい缶を握り締め、リュウさんは自分用の缶コーヒーを開けて飲み、一息つく。
「……運転、疲れない?」
「ぜんぜん平気だよ。久しぶりだし景色が変わっていくのが楽しくて。予定より遠くまで走っちゃいそうな勢いなんだけど」
本当に楽しそうに笑うリュウさんに笑顔を返そうとして、顔が強張る。そんな私にすぐに気付き、リュウさんは心配そうな顔をした。
「ヨーコちゃん、どうかした?」
いつだってそう。リュウさんは私の変化にすぐに気付いてくれる。
だからこそこれ以上隠せなくて、あっという間に涙が溢れた。
「帰りたくない……このまま、リュウさんとずっと一緒にいたいよ……」
「……ヨーコちゃん」
戸惑ったような、それでいて寄り添うようなリュウさんの声。想いは止められず、私はリュウさんの袖をぎゅっと握った。
「リュウさんが好き。大好き……っ」
溢れる想いを告げると息を呑む音が聞こえる。
それきり、シンと静まり返る車内。しばらくして、絞り出すような声でリュウさんは言った。
「…………ありがとう、ヨーコちゃんの気持ち、嬉しいよ。でもそれはきっと、家族愛みたいなものなんじゃないかな。なにしろずっと側にいたからね。それに俺たちがいた場所は総てじゃない。狭すぎたんだよ。だからヨーコちゃんはもっと外の世界を知った方がいい。俺なんかよりずっと相応しい人がたくさんいるから」
リュウさんの言葉は思いがけないもので、ショックよりも先に怒りが沸き起こる。
なんで。どうして。
衝動的な怒りをグッと堪えて、私は口を開いた。
「なにそれ。私の気持ち、リュウさんが勝手に決めつけないで! もっと外の世界を知った方がいい? それって結局子ども扱いしてるってことでしょ? 確かにリュウさんから見たら、私がいる世界は狭くてちっぽけなのかもしれない。でも、ちゃんと自分の気持ちに向き合って出した答えなんだよ。私はリュウさんを一人の男の人として好きなの。その気持ちを否定しないで」
ボロボロと零れる涙。言いたいことをぶつけて、もう泣く事しかできない。
悔しくて悲しくて、手の甲で止まらない涙を拭っていると、リュウさんの手が私の手に重なった。
「……ごめん。本当にごめん。確かに勝手だよな、俺。自分の気持ちに嘘はついても、ヨーコちゃんの想いを否定するのは間違ってるよね」
「リュウ、さん……?」
聞き間違えじゃなかったら、『自分の気持ちに嘘はついても』って言った。それってどういう意味なんだろうって考えていると、リュウさんは目を伏せて大きく息を吐くと、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「ヨーコちゃんの気持ち、本当に嬉しいよ。俺も君が好きだから」
優しい声で告げられた言葉に、頭が真っ白になる。
リュウさんが、私を好き……?
何度も何度も繰り返して、やっと心に落ちる。
「うそ……。ほんとに……?」
「信じられないなら何度だって言うよ。ヨーコちゃんが好きだよ。たった一人の女性として」
「……じゃあなんで? どうして?」
気持ちを否定された時とは違う疑問をぶつければ、リュウさんは泣きそうな顔をした。
「俺はずっとヨーコちゃんの存在に救われてた。十五年前のあの日、背負う事になった重荷に潰されそうになって。でも、ヒロムと、何より君がいたから自分を奮い立たせることが出来たんだ。ヨーコちゃんがくれた温かい時間は俺に優しさをくれた。ヨーコちゃんは本当の家族以上に近くて、でも遠くて。それに小さくてずっと守らないとって思ってた。……でも、ヨーコちゃんが俺の熱暴走を止めてくれた時、気付かされた。もう君は守るべき小さな女の子じゃないって。あの頃から少しずつ、ヨーコちゃんの存在が自分の変わっていって……気付いたら、特別な存在になっていたんだ」
「リュウさん……」
「でもね、ヨーコちゃんの可能性の足枷になりたくなくて、自分の気持ちを抑えてた。ヨーコちゃんは道が拓けてる。望めばどこにだって行けるんだって」
リュウさんの言葉は優しくて嬉しくて、そして切ない。
この人はいつだって他の人のことを優先する。自分の気持ちを押し殺して、周りが幸せであればそれでいいと思ってる人だ。
でも、いい加減にして欲しい。私はリュウさんの袖を強く引いた。
「……もう、リュウさんはいつも私の気持ちを聞かずに勝手に先走るんだから。私の夢は、高校を卒業したらお母さんみたいな凄腕のパイロットになって、リュウさんの開発したメガゾートに乗ることなんだからね! だからリュウさんの傍から離れてなんかやらない。ずっと一緒だからね!」
胸に秘めていた将来の夢を伝えると、リュウさんの顔がクシャリと歪んだ。
「だからお願い。リュウさんの側にいさせて。出来れば恋人として」
「……本当に俺でいいの?」
「いいに決まってる。っていうか、リュウさんじゃないとイヤだからね」
「そっか。……うん。じゃあ言うよ。もう何があっても手放さないから」
「うん。絶対に手放さないで、一生一緒にいてね」
「約束するよ」
全部吹っ切ったように笑って、リュウさんは運転席から身を乗り出した。
助手席に座る私を外から覆い隠すようにして、大きな手で頬に触れる。
頬を撫でて、髪に触れて。それから指先で唇に触れると優しく微笑んで唇を重ねた。
どこまでも優しい、リュウさんらしいキス。
触れては離れ、惹かれ合うように何度もキスを重ねて。
ああ、本当に両想いなんだ。そんなことを考えていると遠慮がちにキスが深くなる。
(うん、私ももっとしたいよ)
リュウさんの背中に手を回して応えると、コーヒーの苦みが口の中に広がった。
大好きで誰よりも大切なリュウさんとの新しい関係。
この特別な日のことを、私はずっと忘れない――。