『戦いの後に』 (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)
「本当に終わったんだな」
ヒロムは屋上のフェンスに肘を掛け、ぼんやりと街を見つめていた。
亜空間での戦いを終え、メサイアをシャットダウンするという本懐を果たした安堵感と、あれ程再会を願っていた家族との別れによる喪失感で心が落ち着かない。
いつもと変わらない日常が流れる街の中、自分やヨーコ、そしてリュウジ達だけが残酷な亜空間での出来事を知っている。
自分たちのような思いを誰にもさせないために。
犠牲はあれど託された願いを果たしたのだと自分自身に言い聞かせていると、目の前にビールの缶が差し出され、ヒロムはハッと顔を上げた。
「……リュウジさん?」
ヨーコの様子を見に行ったはずの彼が、なぜここに――と疑問に思っていると、リュウジはフェンスに背を預け、穏やかな笑みを浮かべた。
「ヨーコちゃんならもう大丈夫だよ。思い切り泣いて落ち着いた。今は寝てるよ」
「そうですか……」
安堵しながら缶ビールを受け取り、それをしげしげと見つめてヒロムは苦笑する。
「それにしても、何でビールなんですか?」
「ヒロムは成人してるし、今日くらいはいいでしょ」
乾杯する訳でなく、献杯する訳でもない。ただ単にそんな気分なのだとリュウジの様子から察して、ヒロムはプルトップを開けた。
口をつけると独特の苦味とアルコール特有の匂いに眉間にシワを寄せる。そんなヒロムに目を細め、リュウジはビールを喉に流し込んで息を吐いた。
「……ヒロム、ごめん。それとありがとう」
「リュウジさん?」
「いや、亜空間での事を思い返してさ。ヒロムがいなかったら今頃どうなっていたか……。俺が一番冷静でいないといけなかったのに、それが出来なかった。取り乱すヨーコちゃんを見て、作戦を中止して一旦戻ろう、なんて言ってさ……。ヒロムの覚悟と強さに助けられたよ」
リュウジの言葉に彼がそう言った場面を思い出す。エンターによって明かされた家族の顛末。それを聞いて取り乱したヨーコを見て、撤退の言葉を口にしたリュウジ。
ヒロムはビールを一口飲み、柔らかな笑みを浮かべた。
「それはリュウジさんにとって、ヨーコが何よりも大切で守ろうとしたからですよね。あの時、何を守るのか天秤に掛けた訳じゃない。ただ目の前のヨーコを守ろうと動いていたように見えました。ヨーコはそんなリュウジさんにずっと支えられてきたと思います。……もし、リュウジさんがあの時の判断を後悔しているのなら、違う。リュウジさんの優しさはあいつを守る為の盾になるんじゃないですか? それはリュウジさんの持つ強さだと俺は思ってます」
「ヒロム……」
「それに俺たちはプログラムされた機械じゃない。だからこそ完璧じゃないし、フォローし合えばいい……でしょう?」
「俺たちはチームだからね。……本当にヒロムは成長したよ」
「マニュアル合体のシミュレーション、連続二十回失敗の頃が懐かしいとか?」
「ははっ、そんなこともあったね」
顔を見合わせて笑い、ヒロムはビールの缶を顔の高さに上げた。
「リュウジさん、乾杯しましょうか。約束は果たせなかったけど、目的は果たせたってことで」
「そうだね」
缶と缶を打ち合わせ。改めて口に運んだビールはやはり苦く、ヒロムは顔を歪めた。
「……初めて酒飲んだんですけど、ビールってあんま美味くないんですね」
「そう? 俺は割といけるよ」
「やっぱ歳の差ですかね? 歳を重ねると味覚が変わるって言うじゃないですか」
「八年先輩なだけでしょ⁉︎ 俺はまだそんな歳じゃないんだけど!」
「冗談ですよ」
「ホント年齢いじりはやめてよ……」
いじけたように座り込むリュウジに笑い、ヒロムは隣に腰を下ろして空を見上げた。
透き通るような青空が眩しく、目を細め。そして空を見上げたまま呟くように言った。
「父さんと母さんを戻すことはできなかったけど、俺には姉さんがいる。でも、ヨーコには帰りを待つ人がいない。……だからリュウジさんはそのままでいてください」
「そうだね……。ヨーコちゃんが俺を必要としなくなる時まで支えるよ」
「よろしくお願いします」
「了解。任されました」
柔らかな笑みを浮かべるリュウジにヒロムは頷き、もう一度空を見上げる。
十三年前のクリスマスの約束は守れなかったけれど、大切な人との絆は形を変え、ここにある。
ヒロムは頬を撫でる穏やかな風を感じ、微笑んだ。