『無題』   (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)



 熱暴走というウィークポイントが露見した後、多くの人が腫れ物を触るかのように接するようになり、検査もそれまでより頻回になった。
 ワクチンプログラムを移植され、転送研究所から生還した時点で覚悟していたとはいえ、気分が重くなる。周囲に誰もいないことを確認して空き部屋に入り、壁に背中を預けながら俺はその場に座り込んだ。
(腕力が異常なほど強くなったくらいで、血液検査だって毎回正常値だ。でも……)
 訓練を重ねるうちに体に熱が生じて意識を失い。けれどそれからしばらくの間、別人格のように振る舞い、段違いのパワーで周囲の物や人を傷付ける。そしてオーバーヒート状態になると動きを止めてその場に倒れてしまう――。
 俺は何日か前にその状態になり、教官に酷い怪我を負わせた。彼を手にかけた記憶はないけれど、意識を取り戻した時に見た、血に塗れた自分の手。そして周囲の怯えたような……警戒するような視線に、自分は異質な存在なのだと現実を突き付けられた。
「俺ってヒトなのかな……」
 ただ腕力が増幅されているだけならまだしも、自分自身を制御出来なくなり無意識下で周りの物や人を無差別に傷付ける。
「――っ!」
 込み上げる衝動。
 膝を抱え、歯を食いしばり。叫び出してしまいたいほどの荒々しい気持ちを沈めようと硬く目を閉じると、不意に人の気配を感じて顔を上げた。
 テンポの速い軽い足音と、ドア越しに俺を呼ぶ幼い声が聞こえる。
「――ヨーコちゃん?」
 思わず声を出すと、足音が近付いてゆっくりとドアが開けられた。
「いた! りゅうにぃちゃん、みぃつけた!」
「見つかっちゃったか」
 そんな言葉が自然と出て、フッと体の力が抜ける。ヨーコちゃんの一言で心が軽くなって、俺はいつものように両手を広げた。
「おいで」
「うん!」
 勢いよく胸に飛び込んでくるヨーコちゃんを受け止めて膝の上に乗せると、屈託のない笑顔を浮かべて俺を見上げる。
「どうしたの、ヨーコちゃん」
「だっこして!」
 甘えたい時のリクエストに思わず顔が綻ぶ。はいはい、と要求に応えて軽い体を抱き上げると、ニコニコしながらぎゅっと抱きついてくる。
「……ヨーコちゃんは俺が怖くないの?」
 思わず聞くと、キョトンと目を瞬かせて。
「こわくないよ。だってりゅうにぃちゃん、やさしいもん! よーこ、だいすきだよ!」
 怖くないか聞いたのに、大好きという言葉をもらって。さっきまでの重苦しい気持ちが消えていく。
「ありがとね。俺もヨーコちゃんが大好きだよ」
 小さな体をそっと抱き締めると、腕の中のヨーコちゃんが嬉しそうに笑って。
 俺は声には出さず「ああ……」とつぶやく。
 例えこの身体が普通の人とは異なるものだとしても、ヨーコちゃんも、そしてヒロムも同じ仲間で血の通った人間だ。
 ヨーコちゃんが普通の……そして優しい女の子であるように、俺も普通の人間だ。
 そのことを教えてくれたヨーコちゃんの頭を撫でて、俺は心からの笑みを浮かべた。