『喪失の夜に』   (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)



「サチュレーション計測不能です!」
「――アンビュー持ってきて!」
 リュウさんが重傷を負ったと聞いて駆け付けた医務室。そこで見た光景に私は足がすくんだ。
 部屋の隅に置かれたストレッチャーには緑の布が掛けられていて、血に染まっている。そこからだらりと下がった手……その指先から紅い血液が滴り落ちていて、床に血溜まりを作っていた。
 止血すらされていない――つまり、救出班が駆けつけた時には手の施しようがなくて、トリアージでカテゴリー0と判断されたのだと気付く。その血に染まった人物の服装が青の挿し色が入った戦闘服ではないことに安心して……頭を振った。
 リュウさんじゃなくても、この人は死んでしまったというのに。
(ごめんなさい……どうか安らかに)
 心から謝罪をして、リュウさんの姿を探す。
「あの、リュウさんは――」
「奥にいます。でも今は処置中ですから面会は出来ません」
「でも……っ」
「出来ません。面会謝絶ですから医務室の外で待っていて下さい」
「……っ、わかりました」
 いつもは優しい医療スタッフの厳しい声音が絶対にダメだと伝えていて、私は泣きそうになりながら医務室を出た。
「ヨーコ……」
 いつの間に駆け付けていたのか、ウサダとゴリサキがそこにいて。二人の姿を見て我慢していた涙が溢れ出して声を上げて泣いた。
「……っ、リュウさんが……、ひどいケガしたって……っ、助かる、よね……?」
「当たり前でしょ⁉︎ ワクチンプログラムの作用で普通の人間より回復力が早いから助かるに決まってるって!」
「けど、リュウジのバイタルが落ちたままなんだ……。オレも助かるって信じたいけど、今回ばかりは大丈夫とは言い切れない……」
「ゴリサキはバカなの⁉︎ こういう時こそ相棒のこと信じなくてどうするの! ウサダは絶対に諦めないからね! ヨーコもでしょ⁉︎」
「うん……」
 ウサダの言葉に涙を拭って頷く。
 リュウさんは大丈夫。絶対に治る。
 何度も自分に言い聞かせていると、不意に隣に立った黒木さんに肩を叩かれた。
「ヨーコ」
「黒木……さん。リュウさんが……リュウさんが……っ!」
「報告は受けている。今は医療班に任せるしかない。とにかくここにいても仕方ない。自室で待機しているんだ」
「……やだ。ここにいる」
「ヨーコ!」
「私は……リュウさんの側にいたい」
 黒木さんの言うように、ここにいても仕方ないのかもしれない。それでも。
 小さかった私が不安で仕方なかった時や眠れない夜に、リュウさんは側にいてくれた。繋いでくれた手の温もりや、目が覚めた時にリュウさんの姿がそこにあることがどんなに心強かったか。
 リュウさんが目が覚めた時に、今度は私が側にいてあげたい。
「だから、お願いします! 絶対に邪魔にならないようにするから」
 頭を下げて一生のお願いをする。
 ウサダとゴリサキが私と黒木さんを見ているのが気配でわかる。何も言わない黒木さんの返事をじっと待っていると、深いため息が聞こえてきた。
「……医療班には私から伝えておく。ただ、許可が出るまではここで待機しておけ」
「――っ、ありがとうございます!」
 医務室に入っていく黒木さんの後姿を見送って、私は息を吐いた。側に付き添える許可が出ることを願いながら、同時にそれしか出来ない自分が歯痒くなって腕を掴む。
「早く私も戦いたいよ……。どうしてまだ実戦に出ちゃいけないの?」
「ヨーコ……?」
「私、もう戦えるよ? リュウさんと一緒に戦いたい。もう特命部の人が命を落とすのを見たくないし、戦ってみんなを守りたい」
「でも、まだヨーコは十二歳だから――」
「子どもって言いたいの? 九年も訓練してきたんだよ? もうみんなに守られるだけなのは嫌だよ。私だって戦える。リュウさんの力になりたいよ」
 ずっと前から思っていたこと。
 言いながら、心からそう願う。
 まだ子どもだからとか、女の子だからとか。そんな言葉で守られるのはもう嫌だ。
 大切な人を守る力は私にだってある。
「リュウさんが落ち着いたら黒木さんにお願いしてみる。私を正式に特命部に配属して欲しいって」
「……ヨーコなら大丈夫だよ」
「うん。オレも応援する」
 ウサダとゴリサキの言葉を受けて私は頷いた。
(ねぇリュウさん。私も一緒に戦うよ。だから早く目を覚まして)
 扉の向こうのリュウさんに呼びかける。
 リュウさん一人に背負わせてしまっていたものを私も一緒に背負うから。
 だから早く起きて『ヨーコちゃん』って名前を呼んで。
 神様なんて信じていない。でも今だけは祈らせて。
 私は胸の前で手を組み合わせてリュウさんの無事を祈った。