『calling』   (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)



 高校の帰り道、友人のナナミとカラオケに行った後で見知らぬ三人組の男に話し掛けられたヨーコは、手短に言葉を返すとナナミの手を引いて歩き出した。
「ヨーコちゃん……?」
「嫌な感じがする。早くここから離れよう」
 そっと背後を確認すると、彼らは一定の距離を保ちながらヨーコとナナミの後を追っていて、それに気付いたナナミが不安そうにヨーコの手を握り返した。
「ナンパ、かな」
「それならさっさと次を探してくれたらいいんだけど、ちょっと目を付けられたっぽい。とにかく、このまま交番に向かおう。それと……ちょっと連絡してみる」
 どこに、と聞くナナミに笑いかけると手を離し、通学バッグからモーフィンブレスを取り出して左腕に装着する。コールモードを起動させてダイヤルを合わせると、数コールの後に望んだ声が届いた。
『こちらリュウジ。ヨーコちゃん、何かあった?』
「ごめん、リュウさん。今、友達と一緒なんだけど、三人組の男に後を付けられてて。すぐに何かされそうって感じじゃないけど、しつこそうなんだ。とりあえず交番に向かってる。けど――」
『わかった。すぐに向かうから何か動きがあったらすぐにコールして』
 そこで通信が切れ、ヨーコは安堵感から無意識に詰めていた息を吐いた。
 出来れば助けに来て欲しい、と続けたかった言葉をリュウジは瞬時に汲み取ってくれたのだ。自分たちの居場所はブレスを通じてリュウジに伝わるし、いつでも連絡が取れる。
 ヨーコはナナミの手を取って笑顔を浮かべた。
「もう大丈夫。リュウさんが来てくれるから安心だよ」
「リュウさんって、いつもヨーコちゃんが話してる人?」
「うん。だから――」
 言葉を切り、ヨーコは後ろを振り返った。
 先ほどより詰められた距離。本当にしつこいと零しながら歩調を速めて歩き続けていると、男の一人が駆け寄り、ナナミの前に回り込んだ。
「ねぇ、ちょっと俺らと遊んで行こうよ。おごるからさ」
「結構です」
 ナナミと男の間に割り込み、睨みつけると男はニヤリと笑った。
「いいねぇ、気が強い女の子。こういう子が泣くと可愛いんだよな」
「……趣味悪っ」
「はあ? おい、ちょっと顔がいいからってあんま調子に乗ってんじゃねぇよ」
「文句言いたいのはこっちのほう。あんたがヴァグラスだったら蹴り上げてやるのに」
 嫌悪感と苛立ちを隠さずヨーコがつぶやくと、男が手を振り上げた。
『ヨーコちゃん!』
 悲鳴のようなナナミの声に男性の声が重なる。
 驚いたナナミの前に現れた長身の男――リュウジが男の手首を抑え、ヨーコを護るように立ちはだかっていた。
「二人とも、大丈夫?」
 問い掛ける声音は優しい。
 ヨーコは平気だと答え、ナナミは声を出すことが出来ずにただ頷く。
「……っ、放せよ」
「女の子に手を上げようって男、このまま見逃せないな」
 にこやかに、けれど手首をギリギリと締め付けるリュウジに男の顔色が変わる。
 手首を掴む手の力は常人のものではない。下手をすれば骨が折れるどころではなく――更に目の前の男がその気になれば、それは赤子の手をひねるより容易いことで、自分の言動によっては容赦なく実行される。そう悟った男が恐怖に顔を歪めると、リュウジは笑顔のまま手を放した。
「今度この子たちに付きまとうことがあれば手加減出来そうにないから、その時はよろしく」
 言葉や声音は穏やかなのに、目は笑っていない。どこか底知れぬ恐れを感じ取った男たちは我先にと逃げていき、それを見送ったリュウジはヨーコに向き合った。
「ヨーコちゃん、あいつが手を出してくるようにワザと挑発したでしょ。どうして俺が来るまで待たなかったの! 間に合ったからいいものの……あんまり心配させないでよ」
「ごめん。でも、普通にムカついたし、そろそろリュウさんが来てくれる頃だと思ったから。シューター使って最速で来てくれた場合、だけど」
「で、計算通り俺がやってきたって訳か。もし間に合わなかったら、わざと殴られて正当防衛にかこつけて反撃、ってところ? ……あー、もう」
 ごめんと手を合わせたヨーコに、リュウジはガシガシと頭を掻いた。文句の一つでも言いたくなるが、男相手に怖い思いをしたヨーコの友人の手前、声を荒げる訳にはいかない。リュウジは息を吐き、肩の力を抜いた。
「とにかく、この話は後でしようか。……ヨーコちゃんの友だち、だよね。君の家まで送っていくよ」
「え、でも……」
「ナナミちゃん、私も一緒に行くから。怖かったよね……。ごめんね」
「ううん。守ってくれてありがとう。それに『リュウさん』に会えて良かったよ。いつもヨーコちゃんの話を聞いてどういう人か気になってたから」
「え、俺の話ってどんな話してるの?」
「教えない~! でも、基本褒めてるよ」
「ほんとに?」
「ホントだよ」
 ヨーコとリュウジの他愛ない会話にナナミが笑い、ヨーコもクスクスと笑う。
 緊張が解けた様子のナナミを家まで送り届け、ヨーコはリュウジと二人、夜道を歩いた。
 まだ二十時という時間だが閑静な住宅街に人通りは少なく、時折車が通っていく。立ち並ぶ家の窓から漏れる明かりが柔らかく、そこに生活する人の姿を思い浮かべたヨーコはふいに胸が詰まるのを感じた。
 自分には帰る家はないが、エネルギー管理局という居場所があってそこに関わる人たちに大切にされている。とりわけ、ウサダや黒木、そして隣を歩く岩崎リュウジという人に守られていたのだと痛感して。
 無遠慮に自分やナナミを扱おうとしていた男たち。
 ヨーコは彼らの顔を思い出し、リュウジの袖を引いた。
「ヨーコちゃん?」
 足を止め、向き合うリュウジを見上げ。そしてヨーコは彼の服の袖をつかんだまま口を開く。
「……ごめん、リュウさん。ほんとは自分一人で対応しなきゃいけなかったのに、ブレス使って呼び出したりなんかして。なんていうか、気持ち悪くて……」
「謝る必要なんかないよ。確かにその気になればヨーコちゃん一人でも制圧することは出来るだろうけど、特別な訓練をしていても君は普通の女の子なんだから。気持ち悪いとか怖いとか、そういう気持ちになるのは当たり前。だから、無理をしないで俺を頼ってくれてありがとう」
 ヨーコの頭を優しく撫で、リュウジは彼女の手を取った。
「嫌じゃなかったら、昔みたいに手を繋いで帰ろうか」
「うん」
 大きくて温かなリュウジの手。
 懐かしさと安堵感で胸がいっぱいになり、思わず泣きそうになる。
 ヨーコは滲んだ涙をそっと拭い、微笑みを浮かべた。