『総てが終わったその夜に』   (特命戦隊ゴーバスターズ/リュウジ×ヨーコ)



「えっ、スイートルームですか⁉︎ しかもロイヤルスイート⁉」
 ホテルのフロントにリュウジの声が響き渡る。
 集まる視線に我に返ったリュウジは慌てて口を抑え、そして声を潜めて受付の男性に確認した。
「本当なんですか? 他の人と間違えているなんてことは……」
「いいえ、間違いございません。岩崎リュウジ様と宇佐見ヨーコ様、二名での宿泊を承っております」
「……すみません、一度確認してみます」
 会釈をしてフロントを離れ、待合のソファーに座って待つヨーコに曖昧な笑顔を返すと、リュウジは柱の影に移動してモーフィンブレスで黒木を呼び出した。
 ヴァグラスとの最後の闘いで基地に多大な損傷があり、居住区も停電や破損している為に黒木に指定された宿泊施設にヨーコとやってきたが、用意された部屋のクラスが間違いとしか思えない。
 数コールの後、応答があり黒木の声が届いた。
『どうした、リュウジ』
「ホテルの部屋ですけど、指定されたホテルのフロントで手続きをしたらロイヤルスイートルームに案内されました。何かの手違いですよね?」
『いや、間違いない。ホテル支配人の厚意だそうだ。地球を護ったお前たちに、是非にと』
「そう……だったんですね」
『遠慮することはない。お前たちはそれだけのことを成し遂げたんだ。ゆっくりと休むといい』
「ありがとうございます」
 通信を切り、リュウジは再びフロントに戻ってチェックインを済ませる。そしてヨーコに声を掛けるとエレベーターに乗り込んだ。
「リュウさん、スイートルームとかロイヤルとかって何のこと?」
「一泊数十万円以上する、特別な宿泊部屋の事だよ。下手したら百万円クラスって所もある」
「え……。なにそれ、そんな部屋に私たちが泊まるってこと⁉︎」
「そういうこと」
「わー、なんか緊張してきた! どうしよう、普通の格好で来ちゃったよ」
 エレベーターの鏡を覗き込み、クルクルと表情を変えるヨーコに穏やかに笑い、リュウジは彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫だよ。ほら、行こう」
 最上階に着き、エレベーターを降りて部屋に向かう。足下の絨毯の柔らかさに二人で驚きながら歩き、辿り着いた部屋に入るとヨーコはキラキラと目を輝かせた。
「うっそ……。本当にここに泊まっていいの? なんかお姫様にでもなったみたい」
「さすがにロイヤルスイートだけあって贅沢の極みだよね。このシャンデリアだけでいくら掛かってるんだろ……」
「ねぇねぇ、お部屋探検してみようよ!」
「探検、ね。了解」
 ヨーコの言葉に笑いながら、二人で部屋のあちこちを見て回る。
 リビングルームにダイニングルーム、客間にキッチン、主寝室など。浴室も広く、一回りしたヨーコは窓際のソファに腰を下ろして長い息を吐いた。
「こんなお部屋、本当に私たち二人だけで使っていいのかな?」
「一生に一度あるかないかの機会だからね。ヒロムも一緒だったら良かったんだけど」
「うん。お姉さんの所に帰るって言ってたね。ヒロムには帰る場所があるんだもんね……。それにリュウさんだって、お父さんとお母さんの所に帰った方が良かったんじゃ――」
「ヨーコちゃん」
 言葉を遮り、隣に座ったリュウジがヨーコの肩を抱き寄せる。
「自分だけ帰る場所がないみたいな言い方しないの。ヨーコちゃんには管理局のみんながいる。それに黒木司令官もウサダも俺も、君の側にいるよ。ヨーコちゃんのお母さんだって、きっとすぐ近くで見守ってる。だから泣かないで」
「まだ、泣いてないし」
 目に涙をいっぱいに溜めながら声を震わせるヨーコは、リュウジの胸に顔を埋めた。
 俯いたとたんに一粒の涙が零れ落ち、それをきっかけにポロポロと涙が溢れだす。声を押し殺しながら肩を震わせるヨーコを抱き締め、リュウジはゆっくりと頭を撫でた。
「……ごめん、泣かないでって言ったけど、やっぱり我慢しないで泣いていいよ。十三年間、ずっとお母さんを取り戻す為に頑張ってきたんだから。一緒に帰りたかったし、今までのことをたくさん話したかったよね。……よく、頑張ったよ」
 リュウジの言葉にヨーコは嗚咽を漏らし、声を上げて泣きじゃくった。
 十三年分の願いと想い。叶わなかった家族との再会。
 窓の外に広がる夜景に視線を投げ、リュウジはヨーコを深く抱きしめ、願った。
 多くの人々の命や生活を守ってきた彼女が、望んで手に入れられなかったもの。
 この先の未来に、街の灯り一つ一つの中にある当たり前の幸せを宇佐見ヨーコという女の子がその手に掴めるようにと――。



 やがて泣き疲れ、そのまま眠ってしまったヨーコをベッドに運んだリュウジだったが、服に絡む指に気付いて苦笑する。
(まるであの夜のときみたいだ……)
 運命が変わったクリスマスの夜、泣き疲れて眠ってしまった三歳のヨーコが同じように服を握り締めていた。
 この手を解くわけにはいかないと、当時の自分とシンクロしたような気持ちになってリュウジは体を横たえる。
 隣で眠る女の子はもう子どもではないけれど、ひとりぼっちではないと伝えたくて。
 ヨーコの頬にかかる髪を指ですくい、耳にかけながらリュウジは穏やかな微笑みを浮かべた。