『昼食をお裾分け』
「おーい、要! 食堂に行こうぜ」
午前中の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴り終わったと同時に十馬に声を掛けられる。
その声にいつものように答えそうになって、私は慌てて言葉を変えた。
「ごめん、実はお弁当持って来ちゃったんだ。だから今日は別行動って事で」
「了解っと。じゃあまた後でな。悠斗、そうと決まったら食堂に行こうぜ!」
「おうともよ!」
ものすごい勢いで食堂に向かって教室を出て行く二人を見送って、私は鞄の中から弁当袋を取り出した。
「さて……と」
お弁当を持って屋上に向かう。
たぶん……ううん、間違いなく彼はそこにいる。
少しだけ浮き立つ心を感じながら屋上に出ると、まるで私を待っていたかのように漣が微笑んで手招きをした。
「こっちだよ、仔猫ちゃん」
「あ、うん」
招かれるままに側に行き、腰を下ろす。
「……もしかして待ってた?」
私が来た事にすぐに気付いた漣に訪ねると、クスクスと小さな笑いが返ってくる。
「ふふ……。待ってたというか、来るのが分かってた……かな」
「なにそれ。まさか、匂いがしたなんて言うんじゃないよね?」
「それは要ちゃんのご想像にお任せするよ」
漣の嗅覚は並外れていて。そこを指摘するけれど言葉を濁される。
あんまり深く追求してもこういう時の漣は面白がって私をからかうだけ。なんだか悔しくなって視線を外すと、私はお弁当箱を膝の上に載せた。
「とにかくっ! お昼ごはんを食べようよ」
「はいはい」
楽しそうに笑う漣の横でカパッと蓋を開ける――と、「あっ」と漣が声を上げた。
「要ちゃん、それって……」
私のお弁当箱の中身を見て、漣が嬉しそうな顔をする。
(あ、そっか……)
すっかり忘れていたけれど、今日は彼の大好物である稲荷寿司を作ってきたのだ。
「……前に漣が食べさせてくれようとして、結局食べられなかったからね。ずっと食べたかったから作ってきちゃったんだよ」
「そうだったね。えっと、一度目は十馬くんに奪われちゃって、二度目はカラス。その次の日にも作ってきたけど、要ちゃんが先生に呼び出されて昼休み潰しちゃったんだったっけ」
「そう……なんだよね。本当に稲荷寿司と相性が悪いというかなんというか。でも、障害がある分余計に食べたくなっちゃって」
言いながら、箸で一つ持ち上げる。……と、漣が珍しそうに稲荷寿司をしげしげと見つめた。
「御揚げを三角形に切って詰めてあるんだねぇ……。初めて見たよ」
「そんなに珍しい? 実家の方ではこの形なんだけど」
「ええと……、地域によって違うって事かな?」
「どうなんだろ? 一応、関西なんだけど……」
うーん、と唸りながらお稲荷さんとにらめっこをしていると、熱い視線を感じて蓮を見た。
(うっ……)
目が、キラキラしてる。
視線の先は間違いなく稲荷寿司。
「あの……、もしかして、食べたいの?」
恐る恐る聞いてみる。とたんに漣はにっこり笑ってうなずいた。
「要ちゃんさえ良かったらおすそ分けしてくれる?」
「あ、えっと……」
どうしようかと悩んでしまう。自慢じゃないけど味の保障は出来ない。
漣がいつも持ってくる美味しそうな稲荷寿司を思い浮かべると、どうにも申し訳なく思えてしまって。
「ダメ……かな?」
どことなくしょんぼりしてしまった漣を見て、私は呻いた。
しばらく彼を見つめ、そして……。
「わ、分かったよ。その代わり、味の保障は一切しないから! まずくても文句言うなよ!?」
半ばヤケになって持ち上げたままだった稲荷寿司を差し出すと、漣は嬉しそうな顔をしてぱくりと口に入れた。
「…………ん、美味しい」
幸せそうな顔。
その顔につられるように稲荷寿司を口に運んで――私は固まった。
決して不味くはない。不味くはないんだけど、酢飯の酢が効き過ぎな上にベチョベチョしている。御揚げの味付けもなんだか薄くて。
漣の浮かべる幸せそうな表情が作り物なんじゃないかって疑ってしまう。
「漣、本当に美味しいと思ってる?」
「え? うん、本当に美味しいよ。要ちゃんが作ってくれた稲荷寿司だからね。特別に美味しいよ」
「……っ、なんだよそれっ!?」
まるで無条件に私が作ったものなら何でも美味しいとばかりの言葉。
その言葉に複雑な気分になるけれど、でも……少しだけ嬉しく思ってしまった自分がいて。
(つ、次こそは絶対に美味しい稲荷寿司を作ってくるからね……!)
動揺した心を抑えつつ、私は決意を新たに残りのお稲荷さんを口に運んだのだった。