最初は、一緒にいられるだけで嬉しかった。
 初めて手を繋いだ時はドキドキして、くすぐったかった。
 夕暮れ時に重ねた初めての口づけは、苦しいぐらいに幸せで。

 そしていつしか、触れる距離は近くなっていく――。




   『宵闇に溶ける二人の想い』



「花梨さん……」
「ん……」
 そろそろ帰らなければいけない時間だと、彰紋くんの声音が寂しさを滲ませた。
 私の背中を抱く手の力がゆっくりと抜けて、離れていく。それと同時に遠くなる温もりと大好きな匂い。
「………やだ」
 彰紋くんを困らせたくない。そう思っても離れたくない気持ちが強くなって、思わず衣を掴んでしまう。
「離れたくない。ずっと……こうしていたいよ」
 いつの間に、こんなにわがままになっちゃったんだろう。
 いつの間に、こんなに好きになっちゃったんだろう。
 ずっと一緒にいたいと、強く願ってしまう。
「…………」
 顔を上げると彰紋くんが困ったように笑っていて、心のままに思いを口にしてしまった事を後悔する。
 でも、次の瞬間にはそっと抱き寄せられて、思いを告げられた。
「花梨さん……。僕もです。僕も、ずっとあなたをこの胸に抱いていたい。けれど、今日はもう帰らないと……」
「……彰紋くん」
 一緒にいたいと思う気持ちは同じ。それなのに……。
「どうしたら、一緒にいられるのかな。今のままじゃ足りないよ。会えない時間が長すぎて………寂しい」
 膨らんだ想いは、一度溢れたら止まらない。
 子供みたいに言いたい事だけを言って、言葉と一緒に涙が溢れる。
「……ごめんね。彰紋くんを困らせたくないのに……。でも、私……っ」
「花梨さん…っ」
「彰紋く…ん……っ!?」
 急に強く抱きしめられたと思ったのも束の間、耳元に苦しそうな声が届く。
「お願いですから、もう何も言わないで下さい。これ以上、あなたの想いを聞いてしまったら、僕は……」
 『もう何も言わないで』と告げる彰紋くんに、心がざわめいた。
 今、この気持ちの総てを告げなかったら、今度はいつ伝えられる?
 もしかしたら、もう二度と言えないかもしれない。そう考えたら、想いを抑える事なんて出来なかった。
「……一緒にいたいよ。彰紋くんが好きなの。ずっと…一緒に……」
「花梨さん……」
 ぽろぽろと流れて止まらない私の涙を指で拭い、彰紋くんは真剣な目をして言った。
「一つだけ、方法があります」
「えっ……?」
「でも、花梨さんがそれを受け入れてくれるかどうか……」
「それって、どういう……っ、んっ……!?」
 言葉の途中で、急に口付けられる。
 いつもと同じ優しい口付け。けれどそれはすぐに違うものに変わって、息が出来ないくらいに深い口付けになる。
 こんな彰紋くんは知らない。でも、伝わる想いは確かで、怖いとは思わない。
「………っ、彰紋…くん……」
 離れた唇に、整わない息のまま名前を呼ぶ。
 彰紋くんはもう一度ため息をつくと、私の目を見つめた。
「もう…どういう事か分かりますよね? 一緒にいたいという気持ちは、僕も同じ……いえ、それ以上かもしれません。あなたと同じ時を長く過ごしたい、もっと触れたいといつも思っている。けれど、東宮としての責務をないがしろにする訳にはいきませんから、どうしても今以上の時間を取る事が出来ません。僕の時間が自由となるならば……」
 視線を庭の方へと向ける彰紋くんは、複雑な顔をする。
「この宵闇の時から、また日が昇るまで。ですが、夜の闇の中では、僕は自分の想いを抑え切れそうにありません。だからこそ、遅くてもこの時間には邸を出るようにしていたんです」
「そうだったんだ……」
 きっと門限みたいなものがあって絶対に帰らなきゃいけないんだと思っていたから、ふむふむと頷いてしまう。そうしてから、『自分の想いを抑え切れそうにない』という彰紋くんの言葉の意味に気付いて、一気に体中が熱くなった。
「花梨さん……。今、僕の気持ちを知った上で、それでも一緒にいたいと願ってくれるのなら……僕はここに残ります。まだ性急だと思ったのなら、遠慮なくそう告げて下さい」
「私は……」
 彰紋くんの背中に手を回して、その胸に顔を埋める。
 ふわりと香る菊花の香り。彰紋くんの、優しい匂い。
 大好きな温もり。大好きな人。
「一緒にいたい。彰紋くんが……大好きだから」
 考える事なんてない。
 触れるたび、近づく度に感じる幸せ。
 怖くないと言ったら嘘になるけど、彰紋くんとなら大丈夫。
「だから……」
「………花梨さん、ありがとう」
 優しい彰紋くんの微笑みに、私はそっと目を閉じた。


 昨日よりも今日、今日より明日。
 触れる距離が近付く度に感じる幸せ。

 そしてまた、あなたの事がもっと好きになる――。