『鼓動は思うより正直で』
「弁慶さんはずるいです」
目の前にちょこんと座った望美さんが、僕をじっと見つめてからつぶやいた言葉。
「……はい?」
唐突な言葉に『ずるい』という根拠が思い当たらず。首を傾げてみれば、彼女は頬を軽く膨らませた。
「だって弁慶さん、私といてもドキドキしていなさそうだから」
「ええと、どきどき……とは?」
異世界で生まれ育った彼女の言葉は、時々僕を困らせる。
難解な言葉に思考を巡らせながら先を促すと、望美さんは眉間に皺を寄せながら口を開いた。
「好きな人と一緒にいると、脈が速くなったり、緊張したりとかするでしょう? でも、弁慶さんはいつも涼しい顔をしてて、私の事を意識してくれているのかどうか、ぜんぜんわかりません」
膨らませた頬を染めて視線を逸らした彼女に、僕は思わず目を瞬かせた。
恋仲になってしばらくの時が経ったというのに。その証がないとばかりに彼女は『ずるい』と僕に告げたのだ。
(……さて、どうしたものか)
拗ねたように僕の言葉を待つ彼女に、どうこの想いを伝えるべきなのか。
「………………」
少しの間思案して、僕は彼女の頬に触れた。
言葉が返ってくるのだと思っていたのだろう。触れられた瞬間、驚いたように震えた望美さんが顔を上げ、僕は何も言わずに唇を重ねた。
「……っ」
この胸の想いが伝わるよう、触れるだけの口付けを繰り返しながら彼女の手を取る。そして僕の胸に導くと、ぐっとその手を押し付けた。
「あっ……」
「わかりますか?」
鼓動は思うより正直で。
言葉ではなく、確かな胸の鼓動を彼女自身に伝える。
「君だけが心を乱している訳ではないんですよ。僕は君に、こんなにも乱されてしまうんです」
唇を離してそう告げると、望美さんは顔を赤らめて僕の胸に耳を当てる。
常より速い鼓動を感じているのだろう。しばらくの間そうしていた彼女はやがて顔を上げ、微笑みを浮かべた。
「……また、こうして確かめさせてもらってもいいですか?」
「それは構いませんが。もしかして、まだ不安なんですか?」
苦笑しながら言うと、ぶんぶんと首を振られる。
「そうじゃなくて。……不安とかじゃなくて、感じたいんです。弁慶さんも、私と同じなんだって」
「ふふっ、それでは互いに確かめたくなった時は触れ合って、胸の鼓動を確認する事にしましょうか」
僕の言葉に望美さんは小さくうなずき。
そんな彼女を抱きしめ、僕はその肩に顔を埋めた。
お題『鼓動は思うより正直で』 (Completion→2009.02.12)
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