――人は、死を前にした時、何を思うのだろう。

 漠然と、そんな事を考えた事がある。
 ある人は、今までの記憶が走馬灯のように巡るという。
 ある人は、ただ強く胸に抱いた思いを、思い浮かべるという。
 他にも様々な話があるが、どれも定かではない。

 その答えに辿り着いた先には、死という道しか残されていないのだから……。


   『雪月花』



「……もはや、これまで……か」
 九郎が、深いため息と共にそうつぶやく。
 極寒の地、奥州…平泉。鎌倉殿の命により、追われる身となっていた僕たちは、この地に身を寄せていた。
 追われていた僕たちを温かく迎え入れてくれたこの地での、安息の時。しかしそれは、束の間の事だった。
 鎌倉殿はこの奥州にも兵を差し向け、そして、もうすぐ平泉は落ちようとしている。
 この場に留まっていても、僕達の末路は容易に想像出来る。
 肝心なのは、この地を離れる事。更に北へと落ちるしか、逃れる術はない。
 しかし、当の九郎は諦めの色を見せている。これでは、鎌倉殿の思い描いたとおりの結末を迎えてしまう。
「……九郎。君はここで諦めてしまうんですか?」
「弁慶……。しかしこの状況では……。まさか、この期に及んで何か策があるとでも言うのか?」
 救いを求めるような目に、僕は苦笑する。
「実は……一つだけ。九郎、君は皆を連れて北へと退却して下さい。それから、絶対に引き返さないように。そうしなければ、僕の策は成りませんから」
「弁慶、だが……」
「いいですね。約束…ですよ」
 九郎の言葉を遮って少しばかり強い口調でそう告げると、彼は思案し、そして僕を真っ直ぐに見つめた。
「………分かった。お前に任せる」
「ええ。……さぁ、九郎。そうと決まったら皆を連れて、早く……」
「ああ」
 話がまとまると、後は早かった。
 九郎は兵たちを連れ、北へと向かう。
 そして残された僕は、ただ一人……逆の方向へと馬を走らせた。




 目的の地に着き、装具を外して馬を逃がすと、ゆっくりと歩みを進める。
 雪道を歩き、僕はふと苦笑した。
「ふふっ、九郎はこんな状況でも僕を信じるんですから。まぁ、そんな九郎だからこそ、こうして時間稼ぎが出来るのですが……」
 僕が九郎に告げた『策』は、策と言えるものではない。こんな戦力差で、状況を覆す策など立てようもない。
 ただ一つ僕に出来るのは、九郎達が逃げ延びる時間を稼ぐ事。源氏の軍師という地位にあった僕ならば、囮として十分通用するだろう。
 捕らえられるか、その場で命を取られるか……どちらにしろ、僕がいたという事でこの近辺に仲間がいるだろうと判断し、周囲を捜索する筈。
 わずかな時間でも得られれば、それでいい――。
 雪が降り積もった道を、一歩一歩踏みしめる。
 確実に近付く死を前に、僕はふと、思い出した。

――人は、死を前にした時、何を思うのだろう。

 まるで人事のように漠然と考えた事。
 いざその時になってみると、不思議なもので、意外と冷静に様々な事を思い出す。
 今までの自分の身に起こった事。
 『死』を迎えるまでに時間がある所為か、ゆっくりと記憶は巡り、そして、大切な人の顔が思い浮かんだ。
「………望美…さん」
 長い間口にする事のなかった名前。これまで意識して出さないようにしていたその名を呼び、僕は立ち止まった。
 思い出すのは、彼女の言葉。
『弁慶さん……。私、弁慶さんと一緒にいたいです』
『傷ついてなんかない! だから……』
 壇ノ浦での戦いの終わりに、僕は彼女に別れを告げた。
 今のこの状況を予期しての事だったが、思い返す度に胸が痛む。
 彼女の悲痛な叫び。僕を想ってくれる、その心。
 僕はその気持ちを知りながら、応えたいと願う本心を抑え、彼女を元の世界へと帰るように急き立てた。
 その事を、僕は決して後悔などしてはいない。

――この戦いに巻き込んで、君を失う事だけは避けたかったから。

 どんなに一緒にいたくても、どんなにこの胸の想いが強くても。
 君を失えば、そんな想いは意味を成さない。
 けれど、例え二度と会えなくても、君が無事で笑っていてくれるのならば、それでいい。
 だから、君は帰らなくてはならなかった。
 ここにいてはいけなかった。
 そして僕は……迷ってはいけなかった。
「後悔……してなどいない。……なのに、なぜでしょうね。今、こんなにも君を想うのは」
 つぶやき、僕は空を見上げた。
 雪雲に覆われた空。しばらくその空を見上げていると、視界に降り出した雪が映る。
「…っ、雪……ですか」
 手をかざし、その手の平に雪を乗せる。
 冷え切っている筈の僕の手の上で雪は見る間に溶け、形を無くす。
 それはまるで、手にしようと思ってもそうする事の出来ない……彼女自身のようで、僕は手を握り締めた。
「………僕は」
 視線を落とし、彼女を想う。
 大地に降り積もる雪を見つめ、ともすれば溢れそうになる感情を抑えようとしていると、それまでの静寂が破られ、僕は顔を上げた。
――時は、来てしまった。
「…………望美さん。どうか、君は君の世界で笑っていて…」

――僕がいなくても。
   君が笑っていてくれたら、それでいい。

 僕は深い呼吸をし、そして、その時を受け入れた。
「いたぞ、武蔵坊弁慶だ!」
 飛び交う声。その声と共に、いくつもの矢が射られる。
「……っ!」
 肩を射抜かれ、焼けるような激痛と共に鮮血が白い大地を紅く染める。
 瞬間、ぐらりと視界が揺らぎ、眩暈にも似た感覚に襲われるが、ここで倒れる訳にはいかなかった。
 僕は、少しでも時間を稼がなくてはならない。
 この命が尽きるまで……それが、僕の選んだ末路なのだから。
「鎌倉様の命だ! 御身の命、頂戴する…!」
 聞き覚えのある声に顔を向けると、弓を構えたかつての配下の者が視界に入る。涙を浮かべ、歯を食いしばりながら放った彼の矢は急所を逸れ、腿を貫く。
「……ふふっ…敵となった僕に……情けなど無用…なのですが、今は……好都合かもしれませんね」
 一人つぶやき、次々と飛来する矢を身体に受ける。
 この身に受ける痛みなど、今まで僕がしてきた事を思えば当然の事だろう。
 ただ最期の時まで倒れないように抗っていると、突然、奥から血の固まりが込み上げ、思わず咳き込むと、雪の上に新たな紅を散らした。
「……っ、僕ももう、ここまで…かな」
 すぐそこまで迫った死の匂いを感じ、空を見上げる。
 白く染められていく視界。そして遠ざかる意識の中、僕は一つの言葉を思い出す。

 人は、死を前にした時、何を思うのだろう。
 実際に死を前にした時、僕が思うのは………。


 愛しい、君の姿――。








「のぞ……み…さん……」
 雪空に、その姿を思い描く。
 けれど、どうしても思い出すのは、目に涙をいっぱいに浮かべた彼女の顔。
「どうせ思い出すんなら……笑顔を思い出したかったけど……、…仕方…ないのかな。……僕は、君を悲しませてばかりだったんだから…」
 溢れる涙。
 最期にあの花のような笑顔を見たいと思ったけれど、それは叶わない願い事。
 僕は君を傷つけてばかりで、幸せなど何も与える事が出来なくて。
「……僕は…君を………」
 声が、擦れる。言葉にならなくて、ただ息だけが漏れる。
 その続きを……ただ一度も伝える事が出来なかった本当の気持ちを、声にしたいのに……。

――僕は、君を……。
   本当は、ずっと、君を………。

 意思と反して、瞼が閉じゆく。
 体中から熱が奪われ、感覚がなくなっていく。
(望美…さん……)
 残された意識で彼女を呼ぶ。
 それきり、僕は闇の中へ堕ちる筈だった。














『弁慶さん……』






――望美、さん?

 微かに聞こえた声。ずっと聞きたかった、あの声。
 彼女を望むが故の幻聴だと思った。
 けれど、その声は確かにこの僕の元に届く。
『弁慶さん……目を…開けて下さい。お願いだから、私を呼んで。私を……見て!』
 闇に囚われそうになる僕を、白い光が包み込む。
「………温かい。……っ、これは……君は…」
――温かな、白い光。
 その光に導かれ、僕はそっと目を開けた。
 再び戻った視界に映ったのは、優しく微笑む望美さんの姿。
「……そんな筈ない。どうして…ここに……」
 僕が願い、思い描いたその姿に、何が起こったのか分からず、ただ手を伸ばす。
 伸ばした手が頬に触れると、その上から彼女は僕の手を包み込み、ふわりと笑った。
「………っ、ほんとの…君……なんですか?」
「はい。弁慶さんに会いに、時空を越えて再び……戻ってきました」
「どうして………」
 僕の問い掛けに口を開きかけた望美さんは、ふと表情を固くし、後ろを振り返った。
「武蔵坊弁慶の隣に、誰かいるぞ!」
 一度死を前にして意識から抜け落ちていたが、周囲の状況は変わらない。
 望美さんは僕を庇うように鎌倉勢の前に立ち、ゆっくりと剣を鞘から抜く。
「望美さ……っ!」
 動こうとして、僕は激痛に襲われ、思わず膝をついた。
 致命傷だった矢傷は、どういう訳だかその痛みが軽くなっているが、立ち回りなど出来そうにない。
 僕に背を向けた望美さんをただ見上げていると、凛とした空気が回りに広がっていった。
「あの娘、見た事がある…」
「あれは……そうだ、白龍の神子だ! 壇ノ浦の戦いの後、姿を消したっていう…白龍の神子だ」
 望美さんの存在を知った鎌倉勢に、動揺が走る。
 源氏を勝利へと導いた白龍の神子。そして、彼女の放つ神々しい気。
 足並みが乱れ始めた鎌倉勢だったが、その中の一人が声を上げた。
「白龍の神子であろうと、鎌倉殿の敵ならば!」
 その声に、揺らいでいた士気が再び一つになり、声が上がる。
 再び攻撃の手が上がろうとした時、望美さんは前を見据え、剣を構えた。
「私はもう、白龍の神子じゃない。ただの春日望美。……私は、大切な人を護るために…戦う!」
 雪を蹴り、望美さんは襲い来る兵を次々と倒していく。
 その姿は舞を舞うように美しく、無駄な動きなどない。
「……くっ、この娘、強い…」
 鎌倉勢に、動揺が走る。
 たった一人の少女に戦列は崩れ、士気は再び削がれる。
「……下がりなさい!」
 彼女の言葉に、怯む軍勢。
 望美さんはゆっくりと僕の所まで戻ると、剣を収め、微笑みを浮かべて僕を抱き締めた。
「弁慶さん、今……助けますから」
「……望美さん? ……っ」
 白い光が生じ、僕たち二人を包み込む。
 それは、僕を闇の中から救い出してくれた、あの光。
「温かい……」
「もう、大丈夫ですから」
 彼女のその言葉に、安堵感を覚える。
 体中を満たす光と温もり。痛みが和らぎ、そして光が収まると、周囲の様子が違っている事に僕は気付いた。
「……これは…」
 誰も、いない。
 先ほどと同じ地であるにも関わらず、鎌倉勢の姿はどこにもない。
 それどころか、降り積もった雪は踏み荒らされた形跡すらなく、ただ静寂の中、望美さんと二人だけ。
「これは、一体……」
 問おうとして気付く。
 体中に突き刺さった筈の矢が、傷が、跡形もなく消えていた。
 当然、痛みもない。
「望美さん?」
 体を離し、訳を聞こうとするが、彼女は僕を抱き締めて肩に顔を埋めたまま、その体を震わせていた。
「……弁慶…さん。ずっと…ずっと会いたかった……」
「…………っ」
 泣きじゃくる望美さん。先ほどまでの凛々しい姿はどこにもなく、ただ、一人の少女が僕を呼んで泣いていた。
「私……、ずっと後悔してました。元の世界に帰って、弁慶さんと離れ離れになって。……辛かった。会いたいのに、会えない。私はいっその事全部忘れようとしました。でも……忘れられるはずがなかった。どうしても、毎日考えるんです。弁慶さんの事を」
「……………」
「それで、何度も思い出す内に気付いたんです。弁慶さん、あの夜、私に言いましたよね。『君が苦しむ姿なんて、僕は見たくない。君を守る為なら、僕は何だってします』って。……それが私を新たな戦いに巻き込まない為だって、ようやく気付いたんです。私を傷つけないよう、弁慶さんは私を元の世界に帰した。……バカ、ですよね、私。今までの弁慶さんを見てたら、そうする事ぐらい分かったはずなのに、どうして突き放したんだろうって…そう思って、ずっと泣いてた」
「望美さん……。僕は、君が戦乱などない元の世界で、笑っていてくれたらと……」
 そう告げると、望美さんは顔を上げ、涙に濡れた瞳で僕を見て……前触れもなく頬をつねり上げた。
「弁慶さんの……バカっ!」
「……!?」
 突然の事に、呆気に取られる。
 つねられた頬の痛みは先ほど受けた弓矢のそれと比べたら些細なものだが、それでも、何故か胸を突くようにひどく痛みを覚えた。
「………弁慶さんの、バカ。私は、弁慶さんがいなきゃ笑えない。………弁慶さんのいない世界なんて……」
 再び流れる涙を袖で拭い、望美さんは僕に背中を向けた。
「……私が、どんな思いをしたと思ってるんですか? ずっと泣くだけの毎日で、心が潰されそうで苦しかった。……そんな毎日を送らなきゃいけないのが、苦痛だった。でも、ある日、声が聞こえたんです。もう聞こえる筈のなかった白龍の声。白龍は、私に『神子の本当の願いを叶える』と言ってくれました。気が陰っている私から、痛みが伝わってくると、そう言って。……だから、私は戻ってきたんです。そうしたら、聞こえて来たのは今にも消えてしまいそうな、弁慶さんの声。………私は……私は…っ」
「望美さん……君は…」
 手を伸ばし、肩を引き寄せる。
 僕の方を向いた望美さんは、目にいっぱいの涙を浮かべ、叫ぶように言った。
「弁慶さんは私を大事にしてくれるけど、私は守られるだけの女の子じゃない。大切な人の為だったら、剣を手にする事だって……!」
「………っ!」
 溢れる想い。その身体を強く抱き締めると、背中に回される手。
「弁慶さん……。私は、弁慶さんが好きです。あなたの為なら、私はどんな事だって乗り越えられる。……一緒にいたい。離れたく…ないんです」
「……望美さん。僕の気持ちも聞いてくれますか。今までずっと言えなかったけれど、今、ようやく言える。……僕は、君が好きです。いつしか、君に惹かれていた。でも、この想いが強くなる度、僕は自分を戒め続けた」
 右の手で、僕は彼女の髪に触れる。
「君に…触れてはならない。君に……想いを伝えてはならない、と。実際は、想いを隠し切る事が出来ず、君に近付いてしまいましたが」
 さらさらと、僕の指に触れる髪。
 ずっと触れたかった。ずっと……願っていた。
「………望美さん。僕は、君を愛しています。僕も、君に逢いたかった」
「弁慶……さん…」
 見上げる彼女の頬に、手を添える。

「…………ずっと、好きでした」

 頬を伝う涙。
 今まで封じてきて、最期まで言えなかった想い。
 その想いを伝え、瞳を閉じたその唇に、想いを重ねる。

――愛しい。

 口付け一つでこんなにも満ちた気持ちになれるだなんて、知らなかった。
 本当に大切な人と想いを重ねる事。
 想いが溢れて、止まらなくなる。
「望美…さん……」
 一度唇を離し、名前を呼ぶ。
 薄く開けられた瞳に、想いは同じだと感じさせられる。僕は何度か唇を重ね合わせ、そして深く口付けた。
「……っ、ふぅ……んっ………」
 漏れる吐息も、僕に懸命に応えようとする仕草も。
 総てが、愛しい。
「………望美さん」
「……弁慶…さん」
 息も荒く、僕の肩に顔を埋めた望美さんは、やがて決意したかのように体を離し、僕を真っ直ぐに見つめた。
「弁慶さん、お願いがあります。……私と一緒に、来てくれませんか」
「それは……君の世界へ、という事でしょうか」
「はい…。私は、弁慶さんと一緒にいたいんです。だから……」
「………その前に、一つだけ聞いてもいいですか? 僕たちは、鎌倉の軍勢に囲まれていた。けれど、今は形跡すらない。それに、僕の受けた傷も消えている。これは一体……」
 彼女に抱き締められ、光に包まれたその間に起こった事の真相を問う。
 望美さんは見当違いな答えに表情を崩して苦笑し、小さく『弁慶さんらしいけど』とつぶやき、そして僕の問いに答えてくれた。
 彼女は、白龍の逆鱗の力により、一刻ほど前の同じ場所に遡ったと。そして僕の傷は、応龍が癒してくれたのだと教えてくれた。
「……では、あの時、鎌倉勢の前で僕たちは光と共に消えてしまった、という訳ですね」
 残された彼らが動揺し、辺りを血眼になって探し回る姿が想像つく。
 その光景を思い浮かべてくつくつと笑っていると、望美さんが不思議そうな顔をして僕を覗き込んだ。
「弁慶さん……?」
「いえ、失礼しました。それで先ほどの答えですが………よろしくお願いします。僕も、君と一緒にいたい。君と一緒にいられるなら、どんな世界でも構わないんです」
「本当ですか……!?」
 花のような笑顔を浮かべ、望美さんは僕の胸に飛び込む。
「嬉しい……。本当に、本当に……!?」
「ええ。本当です」
 ずっと見たかったその笑顔を、今、ようやく手に入れる。

――九郎が逃げ延びる時間を稼げれば…。

   その目的は、どんな形であれ果たされた。
   それならば、僕の選んだ運命での、僕の役目は終わった事になる。
   この世界での武蔵坊弁慶は、あの時、死んだ。

   それならば、この僕は大切な人の為に生きていこうと、胸に思いを秘める。


「望美さん……これからは、君を幸せにすると約束します」
「はい……」
 手を繋ぎ、時空を越えようと望美さんは瞳を閉じる。
 生じる光。その光と共に緩やかな風が舞い起こり、足元の雪を吹き上げた。
「雪が……」
 僕は思わず、小さくつぶやく。
 瞳を閉じた彼女の横顔に、舞い上がった雪が重なる。
「……美しい…ですね」
 零れた言葉に、望美さんは僕を見て首を傾げた。
「……弁慶さん?」
「いえ、何でもありません。行きましょう、望美さん」
「はい」
 僕は彼女の手をしっかりと握り、強くなる光の中、目を閉じた。




――降り出した雪にこの手をかざし、手の上で溶けたのを見て、切なく君を想った事。

   美しい、けれど形のない雪の花。
   それは僕の手の上で溶け、消えてしまった。
   美しく、儚いそれは、まるで雪月花。

   そして、雪月花のように消え、届くはずのなかったこの想い。
   けれど雪の中、確かに届いた想いは、もう二度と消える事はない。

   求めた温もりは、今、この手にあるのだから…。



 ようやく手にする事の出来たこの温もりを、僕はもう、放さない。