帰路を急ぐ。
 降り積もった雪を踏み締め、彼女の元へと――。


   『Happy Birthday 』



 二月十一日。
 生まれ育った世界とは違う地で迎える『誕生日』に、弁慶は足早に道を歩いていた。
 降り続く雪はあの世界と変わらないが、踏み締める地面の感覚は全く違うもので。
 それでいて固い地に慣れつつある事に気付き、ふと立ち止まった。
 周囲を見渡せば変わった建造物や動く乗り物、道行く人の服装など、つい数ヶ月前まで想像もつかなかった世界が広がっている。
(初めて見た時は驚いたけれど……)
 ずいぶん慣れたものだなとつぶやいた弁慶は、手に持った花束を見て微笑んだ。
 色彩豊かな花を束ねたそれは、この世界に留まった理由である少女、春日望美に贈る為に買ったものだ。
 今頃は首を長くして自分の帰りを待っているのだろう――そう思い、再び歩き出す。
 『今日は弁慶さんの誕生日だから、早く帰ってきてね』
 誕生祝いをするのだと張り切り、携帯電話から届く声は浮き立っていて。
 生まれた日に誕生祝いをするというこの世界の習慣に新鮮な気持ちを覚えながら、弁慶は帰路を急いだ。

          *

「ただいま帰りました」
「おかえりなさい、弁慶さん」
 帰宅した弁慶は出迎えた望美に微笑みを浮かべる。
 帰りを待ち、迎えてくれる人がいる。あの世界では叶わなかったそんな些細な幸せがここにある。
 胸を満たす温かな感情に、弁慶は無意識に望美を見つめた。
「………………」
「あ、あの、弁慶さん?」
 じっと見つめる弁慶に望美は頬を染めて首を傾げる。照れながらも少し困ったような様子に弁慶は我に返り、後ろ手に持っていた花束を差し出した。
「望美さん、これを」
「えっ……? この花束って……」
「受け取って下さい。プレゼントです」
「でも、今日は私が弁慶さんをお祝いする日で――」
「君が今日という日に僕と共にいてくれる事。それが何よりの贈り物なんです。だから、ありがとうの気持ちを込めて。……受け取ってくれますね?」
「……弁慶さん。もう、これじゃどっちがお祝いされてるのか分からないよ。でも、嬉しい……。ありがとうございます」
 差し出された花束を受け取り、微笑んだ望美を弁慶はそっと抱き寄せる。
 遙かなる時空を越えて同じ時を歩む幸福を、心から感じて――。