『梅雨の朝に』(遙か3/弁慶×望美)
「…………ん」
耳に届く雨音に、望美は眠りから目を覚ました。
(今日もまた、雨かぁ……。一日中続くのかな?)
眠気の覚めきらない頭でそう考えた望美は、溜まりに溜まった洗濯物の存在を思い出し、現実逃避をしたくなった。
――洗濯物は天日干しで。
景時ほどのこだわりはないが、それはここ数ヶ月家事を行ってきた望美の持論の一つ。太陽の下で干さないと湿り気が残ってしまうのが嫌なのだが、今日こそは洗濯をしないと着るものがなくなってしまう。
梅雨だから仕方ない、雨は自然の恵みで大切だとは思うものの、うんざりしてしまうのが正直な所。はぁ、とため息をついてゆっくりと床から起き出そうとし――そして望美は隣で眠る弁慶の存在に気付いた。
(弁慶さん……?)
いつもなら望美よりも先に起きて朝餉を作る弁慶が、穏やかな寝息を立てて眠っている。起きた時間が早かったのかと思ったが、陽の高さからいつもと変わらない事を知り、望美は不安げに弁慶を見つめた。
もしかして調子が悪いのかも。そう思って寝顔を覗き込むが、むしろ気持ち良さそうに眠っている。一体どうしたんだろうと考えていると、ふと目を覚ました弁慶と視線が合った。
「……おはようございます、望美さん」
「え……と、おはようございます。弁慶さん、風邪でもひいたんですか?」
少し掠れた弁慶の声にそう問い掛けるが、弁慶は「いいえ」と首を傾げた。
「特に体調は変わりないですよ」
「でも、声が少し……」
「ああ、起きたばかりだから多少は。……それにしても、今日は二度寝をしてしまいました」
ふわぁ、と口に手を当ててあくびをする弁慶を見て、望美は微笑んだ。
「じゃあ、一回起きたんですね。それにしても珍しいかも。弁慶さんが二度寝なんて」
「そうですね。目が覚めて君の寝顔を見ていたら、まどろんでしまって。今日は特に予定もない事ですし、この雨です。よほどの事がない限り誰も来ないだろうと思ったら、いつの間にか眠ってしまったようです。……望美さん」
「わっ、弁慶さんっ……!」
体を引き寄せられ、弁慶の腕の中に閉じ込められる。
「もう一眠りしませんか? 二度寝も気持ちいいものですよ」
伝わる温もりと弁慶の匂い。そんな甘やかな誘惑に望美は小さくうなずきかけ――そしてハッと気付いた。
「あ、ダメ。今日こそは洗濯しないと……!」
起き掛けに気付いた洗濯物の山を思い出し、望美は体を起こそうとする。けれど弁慶はそれを許さず、にこりと笑った。
「洗濯は僕も手伝いますから後にしましょう。だから今はこのままで」
「べ、弁慶さん……」
望美は困った顔で弁慶を見上げた。そう言われてしまっては断る理由がない。弁慶とこうして抱き合っているのは本望なのだから。
たっぷり十秒考えて、望美は大人しく弁慶の胸に顔を埋めた。
洗濯物は頭から追いやって、今はただ大好きな人の温もりを感じようと結論を出して。
しとしとと降り続く雨音に耳を傾けると、それはまるで子守唄のよう。
そしてゆっくりと髪を撫でる弁慶の手に、望美は再び夢の中へと意識を手放した。