『きのこスパと那岐の決意』
「よし、出来たっ!」
千尋は完成したきのこスパゲティを持って、那岐の元へと向かった。
朱雀と戦った時からどこか具合が悪そうな彼を元気付けようと、カリガネを始めとする仲間たちに協力してもらって材料を集め、作ったのだ。
「まさか、この世界でスパゲティが作れるなんて那岐も思わないよね。ふふっ、驚いてくれるかな?」
得意なスパゲティ料理で、しかも具材は彼が好きなきのこ。
元気付けるとまでいかなくても、気分転換になればいい。
そう思いながら彼の姿を探して天鳥船の中を走り回っていると、やがて堅庭に佇む那岐の後姿を見付け、千尋は声を掛けた。
「那岐!」
「……千尋? なんだよ、それ」
早速スパゲティに目を留めた那岐に、千尋は笑顔を浮かべる。
「ちょっと懐かしいでしょ? 那岐に食べてもらおうと思って作ったんだ」
「僕に……?」
「うん。もう冷めちゃったけど、よかったら食べてくれる?」
「それは構わないけど……」
皿を受け取り、適当な場所に腰を掛けた那岐は、きのこスパゲティと対面した。
千尋の得意なパスタ料理。向こうの世界ではよく食卓に上ったものだ。
嫌いという訳ではないが、食べ飽きた感がある。
それでも、今となってはひどく懐かしい。穏やかな日常の光景がふいに脳裏に蘇る。
添えられた箸を手に取り、那岐はスパゲティを口に運んだ。
「どう……? 美味しい?」
不安そうに見つめる千尋を見ながら、那岐は小さく笑う。
「あのさ、そんな風に言われると嫌でもそう返さなきゃいけない気になるんだけど」
「うっ、……ごめん」
「まぁ、よく出来てるんじゃない? まさかこっちでもパスタが出来るなんて思いもしなかったよ」
「それはね、みんなに協力してもらったから出来たんだよ。麺はカリガネにお願いしたり、きのこは遠夜に食べられるものを聞いて採りに行ったり、調味料も――」
パスタを作るまでの経緯を聞きながら、那岐は箸を進める。
懐かしい味。隣にいるのは、あの頃と変わらない千尋の存在。
周囲の環境が目まぐるしく変わる中、変わらないものも確かにあるのだと実感する。
「…………」
やがて綺麗に完食した那岐は立ち上がり、口元に笑みを浮かべた。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「…………良かったぁ」
心から安堵した千尋は、大きく息を吐くと那岐と向かい合った。
「ねぇ、那岐。今はいろんな事があるけれど、一緒に頑張ろうね。この戦いが終われば、あの時のように穏やかな日々が戻るはずだから。だから……ね…」
「……分かってる」
千尋の言いたい事も、自分を心配して料理を作ってくれた事も。
那岐の短い一言に、けれど千尋は意味を汲み取って笑顔でうなずく。
「お皿、片付けておくね。じゃあ、おやすみ」
「――ああ、おやすみ」
船内へと戻っていく千尋を見送り、那岐はやがて小さく息を吐いた。
「本当に千尋は変わらないな……」
どこまでも真っ直ぐで、どこまでも温かくて。
「だからこそ」
那岐は胸元で手を握り締め、目を閉じた。
「僕の力がどんなものであろうとも、千尋を守る為なら――」
守りたい、たった一つのもの。
那岐は静かな決意を胸に、堅庭を後にした。