『ナギの葉のお守り』
「本当に、帰ってきたんだ……」
天鳥船の自室に戻った千尋は、寝床に腰を掛けて一人つぶやいた。
長かった戦いの果てに、ようやく辿り着いた平穏な時。ここに来るまでにいろいろな事があったと思い返す。
そしてほとんど無意識に胸元に触れ、千尋はハッと気付いて首から下げていた葉のお守りを取り出した。
「思えば、このお守りにずいぶん助けられたんだよなぁ……」
葉を手のひらにのせ、じっと見つめる。
それはいつか那岐から渡された、ナギの葉で作られたお守り。
総てが終わった今、思い返して気付く。この小さなお守りに、何度も窮地を救われていたのだ。
「ありがとう」
心から感謝し、お守りを指先で撫でていると、千尋の脳裏にある言葉が浮かんだ。
『その葉……あなたの手の中の葉が、那岐のもとへと導くはず。対の葉を持つ者は必ずめぐりあうゆえ』
「対の葉……。そっか、『対』っていう事は、もう一つ同じ物を那岐が持っているっていう事だよね? 今まで気付かなかったけど……」
葉を見つめながら思いを巡らせていると、部屋の外から声が届いた。
「……千尋、入ってもいい?」
「あ、うん。いいよ」
聞き慣れた声――那岐の声に、千尋は立ち上がって彼を迎えた。
「那岐……。ちょうど良かった。聞きたい事があったの」
「急になんだよ……。それより、まだそれを持ってたのか」
千尋の手にある葉のお守りを見て、那岐は苦笑する。そんな那岐に、千尋はむぅと頬を膨らませた。
「捨てろだなんて言わないでよ? だってこれは、私と那岐を導いてくれた大切なものだから」
「…………千尋」
ふっと息を吐き、那岐は小さく笑う。
「だとしても、もう不要のものだろう? これからは一緒にいるんだから」
これからは一緒に――という言葉に、千尋は頬を染めた。
浜辺で力強く抱き締められ、耳元で囁かれた那岐の想いと触れた手の温もり。
今までより近くなった距離に戸惑っていると、クスリと笑った那岐にお守りをさらわれる。
「あっ……、だ、ダメだよっ! もう、那岐ったら……」
慌てて取り返した千尋はお守りをしまい、そして話を本題へと戻した。
「ねぇ、那岐。今のお守りなんだけど、これってもう一つあるんでしょう? 対の葉がもう一つ。だから、那岐も同じ物を……」
持っているんでしょう、と見上げる千尋に、那岐はしれっと答えた。
「持ってないね」
「……ウソ。絶対持ってる」
あっさりと言われ、千尋はムッとして詰め寄る。
「持ってるでしょ」
「持ってない」
「持ってる」
「持ってないってば」
「那岐、はぐらかさないで」
「持ってないって言ってるだろ?」
「ううん、絶対に持ってるはずよ! だって、那岐のお師匠さんが言ってたもの」
「師匠が……? だとしても、しつこいなぁ……。だから僕は持ってな――っ、おい、千尋っ!?」
押し問答に痺れを切らし、千尋は話の途中で那岐の服を探り始めた。
服の中にまで遠慮なく探られ、那岐は抗議の声を上げながら逃げようとする。だが、その前に同じように首から下げていたお守りを発見され、諦めたように盛大な息を吐いた。
「やっぱり持ってたんじゃない! どうして意地になってまで隠そうとしたのよ」
「……あのさ、それより落ち着いて今の状況を考えなよ。これって思い切りセクハラなんだけど」
「え……?」
那岐の言葉に千尋はようやく我に返り、そして乱れた服に顔を真っ赤にして後ろを向いた。
「那岐が悪いんだからね! 素直に認めてくれないから……」
「まったく、なんでそこまでこだわるんだよ。別にどっちだっていいじゃないか」
「良くない!」
「千尋……?」
「だって、それをずっと身に着けていてくれていたって事は、私を……その…………」
大切に思ってくれていたからだよね、と口ごもりながら言う千尋に、那岐は口元に笑みを浮かべた。
「その解釈で言うと、反対に千尋はそれを手放せないほど、僕を想ってくれているって事?」
「そ、それは……!」
振り向いた千尋の目が潤み、やがて小さくうなずく。
「……そうだよ。だから、那岐が対の葉を身につけてくれていて嬉しかった」
「…………千尋」
手を伸ばし、那岐は千尋の肩を抱いて引き寄せた。そのまま千尋を抱きしめ、小さな肩に顔を埋める。
「僕が千尋に会いに来た理由。……確かめたかったんだ。こうして触れて、夢なんかじゃないと……ね」
「那岐……」
「好きだよ、千尋。対の葉を大切にしてくれてありがとう。本当は僕も……嬉しかった」
抱きしめる那岐の手に力がこもり、千尋は頬を染めて想いを返すように背中に手を回した。
二度と離れる事がないように。ずっと共にいられるようにと想いを込めながら抱きしめ合う。
そんな二人の胸元で、ナギの葉は淡いあたたかな光を放っていた――。