『何よりもあなたと一緒に』
「……ペーター、起きて」
「ん……」
私の声に身動ぎしたペーターはぼんやりと目を開け、そしてまだ寝ていたいとばかりに私を抱き直して肩に顔を埋めてくる。
「ちょ、ちょっと、起きてってば」
肌に触れる唇は、色事を求めている訳ではない。けれど寝入る前までしていた行為を嫌でも思い出してしまい、私は慌ててペーターの肩を押してぐいぐいと離した。
「起きてって言ってるでしょ!? ほら、今度時間帯が変わったら仕事に行かなきゃいけないって言ってたじゃない。もう、起きてってば……!」
「……嫌ですよ。僕はまだあなたと一緒に寝ていたいんです。どうせ仕事と言っても、あのヒステリー女の気晴らしに付き合わされるだけなんです。どうして僕がわざわざくだらない裁判に付き合わなきゃいけないのか……」
はぁ、と息を吐き、ペーターは私の頬に口付ける。
「そんなどうでもいい事よりも……ね?」
するすると、私の背に回っていた手がネグリジェに伸びる。同時に走った甘い痺れに私はペーターから逃げ出し、体を起こした。
「アリス……?」
「だ、だめっ! 誰か来たらどうするのよ!!」
時間帯は変わり、今は彼が仕事に向かうべき時間。当然、行かなければ迎えの兵士がやってくる訳で。
「大丈夫ですよ。誰にも邪魔させはしません。そんなヤツが来たら撃ち殺してあげますから」
「だからダメなのよ」
私の脳裏に、いつかの光景が蘇る。
仕事の時間だと、女王が呼んでいるのだと声を掛けに来た兵士を、邪魔だと言ってあっさりと撃ち殺してしまったペーター。それも一度だけではない。
私との時間が一番大切だと彼は言うのだが、仕事に来ない上司を呼びに来る罪もない兵士の命が奪われるのはどうかと思う。ましてや、それが私の為だというのならなおさら止めて欲しい。
「とにかく、もう起きるの。寝ていたいと言うのなら、一人で寝てればいいじゃない」
「嫌です。あなたと一緒がいいんです。あなたが起きるというのなら、僕も起きます」
そう言って、ペーターは体を起こした。
起きる、と勢いで言ったものの、寝起きの体はまだ睡眠を求めているらしく、気だるい。ベッドの端に腰を掛けてぼんやりしていると、ペーターも私と同じように足を下ろしてはぁ、と息をついた。
「……行きたくないです」
「仕方ないでしょう? 仕事なんだから行って来なさいよ」
「でも……」
「…………んっ」
引き寄せられ、唇が塞がれる。
「…………そんな事は、どうだっていいんですよ」
「……っ、はぁっ…………」
吐息すら奪われるような口付け。その合間に、ペーターはつぶやく。
「僕は何よりもあなたと一緒にいたいんです。……アリス、あなたが好きだから。あなたが欲しいんです」
好き、大好き。愛してる――とペーターは繰り返し、唇を重ねる。
甘い言葉。相変わらずの言葉に、けれど酔い始めている自分に私は気付く。
「……私も……好きよ。ペーター」
返す言葉にペーターは嬉しそうに微笑み、口付けだけでは足りないとばかりに腰に手を回してきた。
「アリス……アリス…………」
求められ、そして彼を求め。ベッドに体が戻されそうとした時に、コンコン、と遠慮がちにノックの音が響いた。
「誰ですか?」
ひやり、と背中を嫌な汗が伝う。ペーターは一瞬にして冷ややかな空気を纏い、声音を低くしてドアに視線を投げる。
私から体を離し、ゆっくりとドアへと近付いていく。
ああ……と私は口の中で小さく声を上げた。
また、罪もない兵士が一人、命を落としてしまう。それが判っていながらも、私の体は動かない。ベッドに腰掛けたまま、ペーターの背中を眺めている。
ペーターはドアを少しだけ開け、そして兵士と二言三言交わしたかと思うと銃を取り出し、躊躇いもなく撃った。
バン、と銃声が耳に届く。
撃たれた兵士はどうなったのか、想像するまでもない。
ドアを閉め、鍵をかけたペーターは何事もなかったかのように私の元へと帰ってきて、そして私も何事もなかったかのようにペーターを受け入れた。
大概、私も狂っているのだと思う。
けれど、知ってしまったペーターとの時間の甘さに、今はただ酔い痴れて。
「……アリス、あなたが好きです」
ゆっくりとベッドに倒され、体の重みがかかる。私はペーターの背に手を回して、微笑んだ。
「私もよ。あなたが……好き。愛しているわ」
いつから、こんなにもあなたが好きになってしまったんだろう。
いつから、こんなにもあなたに愛されたいと願い始めたのだろうか。
今の私が願うのは、あなたと同じ一つの願い。
たった一つ、あなたを愛し、愛されたい。
ずっと一緒にいたいの。
何よりも、あなたと一緒に――。