『ぬくもりはんぶんこ』 



「うっ、寒い……」
 放課後、校舎を出た途端に吹き付けた冷たい風に、保典は小さく身を震わせて空を見上げた。
 天は薄暗い雲に覆われ、今にも雪が降り出すのではないかと思うような空模様だ。
 保典が綿津見村に残って半年。赴任して来た頃から言えば一年が経つ。
 日本海に面するこの土地で過ごす冬は、彼にとって二度目ではあるが、それまで暮らしてきた地域よりもずいぶんと冷え込みが厳しい。
 保典は鞄からマフラーを手袋を取り出し、慌てて身に付けると安堵の息を吐いた。
「ここの所、ずいぶん冷え込むようになったと思ったけれど、今日は一段と寒い気がするな。冬もいよいよ本番……か」
 首に巻きつけたマフラーを口元まで上げながらつぶやいていると、後ろから近付く人の気配に気付き、振り返った保典は現れた人物を見て笑顔を浮かべた。
「珠洲……」
「良かった、間に合ったぁ……。保典君、一緒に帰ろう?」
 ここまで急いで来たらしく、ほっと胸をなで下ろす珠洲の呼吸は少し乱れている。
 保典は自分を追いかけてきた珠洲を嬉しく思いつつ、首を傾げた。
「ああ、もちろんだよ。……でも、今日は残りだって言ってなかったかい?」
 図書委員の仕事があるから今日は一緒に帰れないと、そう珠洲が言っていたのはほんの十分ほど前の事だ。それなのにと尋ねると、珠洲は保典の問い掛けに答えた。
「そうなんだけど、亮司さんが雪が降り始めそうだから、もう帰りなさいって言ってくれて」
「そっか……。じゃあ、帰ろうか」
「うん」
 隣に立った珠洲と歩き出そうとした保典は、ふと珠洲の手に視線を留め、足を止めた。
「珠洲、手袋は?」
 朝に登校した時は保典と同じようにマフラーと手袋を着けていたはずなのだが、今はマフラーだけを首に巻いている。
 保典に指摘された珠洲は、言われて初めて気が付いたといった様子で苦笑した。
「教室に置き忘れちゃったみたい……」
「取りに戻ろうか?」
「ううん。手袋なしでも大丈夫だよ。このまま帰ろう?」
「でも……。そうだ、男物で悪いけど」
 そう言うなり、保典は自分の手袋を外して珠洲に差し出した。
「え、これ……」
「僕ので良ければ使ってくれないかな」
「でも保典君は?」
「僕だったら平気さ。それに女の子は体を冷やさない方がいいって言うし、遠慮なく使ってくれたまえ」
 今度は受け取って欲しいとばかりに改めて差し出された手袋に、珠洲は受け取って微笑みを浮かべた。
「ありがとう。……うん、あったかい」
 少し大きめの手袋は保典の温もりが残っていて、すぐに冷たくなっていた手が温められていく。それを心地いいと感じながら、珠洲はふと思い立ち、片方の手袋を外して保典の手を取った。
「珠洲……?」
 不思議そうな顔をする保典の手は、外気に当たって冷たくなっている。珠洲は保典の右手に手袋をはめると、にこりと笑った。
「はい、これで大丈夫。後はね、手を繋ごう?」
「あ、ああ……」
 隣に立ち、手袋をはめていない方の右手を差し出す珠洲に、保典は必然的に左手で手を繋ぐ。そうして伝わる肌の温もりに、保典は珠洲がしたかった事に気付いて笑顔を浮かべた。
 温もりをはんぶんこ。
 自分だけではなく、相手にも幸せになって欲しいと願う珠洲らしい行動だ。
「すごく温かいよ。ありがとう、珠洲」
「うん」
 手袋をはめた手と、繋いだ手の温もりと。
 並んで歩き始めた二人は自然と体を寄り添わせ、家路へとついた。











    (2009.10.29)