年に一度の夏祭り。
 消えた珠洲を追って辿り着いたお化け屋敷で、僕は表の護りを任された。
 最初は説得されるままに引き受けたけれど、時間の経過と共に違和感が生じ始める。
 確かに表を護ることは重要だ。亮司さんの言ったように、村人たちを巻き込まない為に……そして中で何かあった時に備えて、僕を配置したのは的確な判断だと思う。
 けれど――。



   『君を守る誓い』(前編) 



「ちょっと! いい加減、早く中に入れなさいよ」
「ですから、今は設備の点検中でして……!」
「さっきからそればっかりじゃないの。一体いつになったら再開するのよ!?」
 怒鳴られ、必死になってそれを受け流す。中では皆が珠洲を助ける為に戦っている。その状況に村人達を巻き込む訳にはいかない。
 村の人たちに迫られながら、僕は珠洲を思った。
 守護者として感じる玉依姫の気が、ずいぶん弱々しい。今頃、彼女は苦しんでいるのだろう。
 前の戦いで震えていた事を思い出し、胸が苦しくなる。
 珠洲は普通の女の子で。あの戦いを乗り越えて、ようやく平穏な日々を過ごせると思っていたのに。
「珠洲……」
 ざわりと心が波立つ。
 夏祭りを一緒に回ろうと約束した珠洲の笑顔を思い出し、地面を睨む。
(僕はここにいていいのか? ……いや、僕は珠洲を助けたい。僕だって、珠洲の守護者で……何より、かっ…彼氏……なんだぞ!?)
 自問して導かれた答えに拳を握り、僕は大きな声で叫んだ。
「中の様子を見てきます! 危ないですから、僕が戻るまでは絶対に中に入らないで下さい!!」
 村人たちに背を向け、中に入ろうとそのまま駆け出そうとして――後ろからぐいっと襟元を引っ張られた。
「まったく、何やってんのよ保典!」
「へ……?」
 思いがけず耳に届いた、聞き慣れた声。突然響き渡った声に振り返ると、僕の襟元から手を離したエリカと目が合う。
「エ、エリカ……! 丁度いい所にっ!」
 恐らく、珠洲が夏祭りに来るように手紙を出していたんだろう。
 彼女がここにいる理由をそう推測し、眉間に皺を寄せているエリカに向き合った。
「いい所に……って、何よ? そもそも、この騒ぎは一体……」
「それが――」
 天の助けとばかりに、かいつまんで事情を説明する。
 いつもなら僕の話をろくに聞かないエリカも、珠洲が巻き込まれていると知ってその表情は真剣なものになっていった。
「ふぅん……。珠洲を助けに行きたいから、ここを何とかしてくれってワケね。……いいわ。引き受けてあげる。その代わり、必ず連れ帰ってきなさいよ」
 相変わらず態度は悪いけれど、エリカなら安心してここを任せられる。
「ああ、頼むよ。それじゃあ、行ってくるから」
「ちょっと待って。その前に――」
「ん……? ――っ、いっ……たぁあぁ!?」
 額に指を添えられたと思ったら、次の瞬間にガツンと衝撃が走った。俗に言うデコピンというヤツだろうが、これがまたハンパなく痛くて涙が滲む。
「……な、なんで突然っ!」
「制裁よ。珠洲をすぐに助けに行かなかった罰。全く、亮司さんに言いくるめられたからって大人しくここで待ってんじゃないの。……でもまぁ、自分で気付いて珠洲を助けに行くって決めたんだから、ちょっとは成長したかもしれないけどね」
「なんだよ、それ」
 痛む額を擦りながら反論しようとしたけれど、エリカの浮かべた笑顔に何も言えなくなる。
「……もう、グズグズしてないで早く行きなさいよ」
「わ、わかってるよ!」
 エリカの言葉に背中を押され、僕はその場から走り出した。

          *

 お化け屋敷の中に入ると、全身にひんやりとした空気が纏わりつく。
 暗く、妙に静まり返った空間に立ち止まって辺りの気配を伺うが、他の守護者達は近くにはいないようだ。
「おかしいな……。静かすぎる」
 奥に進んでいたとしても、天蠱と一線を交えているのなら振動があったり、音が聞こえてもおかしくないはずなのに。
(まさか……、何かあった、とか)
 最悪の状況を思い浮かべ、呪符を取り出す。
 僕が守護者として扱える力は、守りの力。宝具は珠洲を守る為のもので、攻撃性は皆無だ。
「いざとなったら、これでやるしかない」
 呪符がどこまで効くかは分からないが、目くらまし程度にはなるだろう――そう考えて歩き始める。
 壁に手を添え、慎重に先に進んでいくと、やがて突き当たりに行きついた。
「ここは……」
 闇に慣れ始めた目で探ると、そこが扉だと分かって手を伸ばす。
 いつ何が起こってもいいように心の準備をし、扉を押し開けて……心臓が止まりそうになった。部屋の中に大勢の人間が床に倒れ、呻いている。
 そして、他の守護者たちの姿も――。
「……っ、これって」
 誰もが目を固く閉じ、苦しそうな表情で呻き声を上げている。
 まるで悪夢にでもうなされているかのようだと感じ、一歩踏み出して僕は異変に気付いた。
「なんだ、この匂いは……」
 鼻に引っ掛かった甘ったるいような匂い。一瞬違和感を覚えて、慌てて息を詰める。
(しまった……! これって、呪術系に使われる香の――)
 この手のものにはいくらか耐性があり、気付いて対処しようとしたけれど、効力が桁違いに強くて意識があっという間に沈んでしまう。
「……う……、す…ず……」
 体の力が抜けて、その場に倒れ込む。
 その痛みすら感じないまま、僕は暗くて深い闇の中に落ちていった。

           *

『……くん。…………保典くん』
 暗闇の中、珠洲の声が聞こえる。
 意識は深い眠りの中にあって、けれど僕を呼ぶ声にゆっくりと覚醒していく。
 込めた力にピクリと反応する指先。よし、動けるんだと確認しながら身を起こすと、僕の前に珠洲が立っていた。
「珠洲……? ――無事だったんだね、珠洲っ!」
 ふらつく体で 一歩踏み出したその時。
「近付かないでっ!」
「……す…ず?」
 思いがけない拒絶の言葉に、僕はその場に立ち尽くす。
 言葉を失った僕に、珠洲は言葉を重ねた。 
「どうして、すぐに来てくれなかったの……? 私、保典くんが助けに来てくれるのを待ってたのに」
「それは……」
 言い訳なんか出来ない。
 彼女の言うように、実際に動き出すのが遅くなってしまったのだから。
「ごめん……。遅くなってごめんよ、珠洲」
「――嫌い」
「……え?」
 頭が真っ白になって。
「今、なんて……?」
 思わず聞き返した僕に、珠洲ははっきりと告げる。
「嫌いだよ。保典くんなんて、嫌い。……もう、会いに来ないで」
 僕を見て、彼女は静かな微笑みを浮かべる。
「……さよなら」
 切り出された別れの言葉に、違和感を感じる。
 ――違う。
 そう心が叫ぶ。
 感じた違和感に、僕は思ったままを言葉にした。
「違う……。君は珠洲じゃない。本当の珠洲は、例え僕の事を嫌いになっても……そんな風に笑いながら言ったりはしないよ!」
 言いながら、言葉は確信へと変わる。
 珠洲だったら、泣きながら言うのだろう。僕が傷つく事を思い、ごめんねと心の中で繰り返しながら別れを切り出すのだろう。
 決して、笑いながら人に別れを言えるような子じゃない。だから。
「……消えろ。消えろっ、消えろ――――っ!!」
 ありったけの声で叫んで、幻術を破るべく印を切る。
 空っぽになりかけた心に残る光の欠片を集め、本当の珠洲を思い浮かべる。
『保典くん』
 僕を呼ぶ声。向けられる笑顔。
(珠洲っ、珠洲……!)
 彼女への想いを退魔の力に変え、偽りの悪夢に終止符を――!



     (後編に続く)