『貴方に呼ばれる私の名前』 



 優希くんとお付き合いを始めて一ヶ月と少し。
 紆余曲折を経て呼ばれるようになった私の「名前」。
『風羽』
 そう私の名前を紡ぐ彼の声音は優しくて、とても好きだ。
 下の名で私を呼ぶ人は他にもいるけれど。
 誰よりも特別な響きを持って、耳に届く音。
「風羽」
「……はい」
 思い返していたままの声で名前を呼ばれ、返事をする。すると、苦笑に近い微笑みを浮かべた彼が私を覗き込んだ。
「何、考えてたの?」
「名前です。……いえ、正確に言えば優希くんが呼んで下さる私の名前についてです」
「俺が呼ぶ……? えっと、『風羽』、ってこと?」
「ええ。とても好きです、貴方に呼ばれる名前が。優希くんの声が優しくて、名前を呼ばれるだけで心が温かくなります。他の方に風羽と呼ばれても、このような気持ちにはならず……。不思議なものですね」
「それは、さ」
 言葉を切り、一つ息を吐いた優希くんは真っ直ぐに私を見つめた。
「特別、だからだよ。君が好きで、風羽と呼べることが嬉しくて仕方なくて。……名前を呼ぶ度に、どうしたって感情が混じるんだ」
「……なんと」
 彼の言葉に頬が熱くなる。
『風羽』
 呼ばれる名前。彼の声だけに感じる特別な響きの答えは、『彼の心』。
「ははっ。顔、真っ赤。まぁ、それだけ恥ずかしい事言ったって自覚もあるけど」
 そう言って頬を染める優希くんに、私は首を振った。
「いいえ、嬉しいです。……ですが、そうなると私の呼び方に問題が」
「え……?」
「私が優希くんの名前をお呼びしても、同じような特別な響きを含んでいないように思うのです。これではいけません。私もこの心を貴方を呼ぶ名前に込めて届けたい」
「風羽……。いや、俺は君に名前を呼んでもらえて、十分に幸せを感じてるよ。それに君に呼ばれる名前は特別で――」
「いえ。少し、待って下さい」
 彼の言葉を遮り、ゆっくりと呼吸を整えて。
 優希くんに対する想いを言の葉にのせる。

「――優希くん」

 好きです、と同時に告げるように名前を呼べば、感情が声音に混じる。
 ああ、こういう音だ。彼が私にくれる響きは。
「優希くん」
 もう一度、名前を呼んで。そして顔を上げれば、そこには先程よりもずっと赤く染まった彼がいて。
「……ゆう――」
 問いかけのつもりで呼んだ名前は、途中で掻き消されてしまう。
 気付けば私は彼の腕に捕らわれて、抱き締められていた。
「その声、心臓に悪い……」
「……! 大丈夫ですか!?」
「あ、ごめん。差し込みとかは関係なくて、可愛すぎて……心臓に悪いって意味」
 ギュ、と強く抱き締められて、私は彼の背中に手を回した。 
「それなのですが、私もこれから名前を呼ばれる度に心臓に悪い思いをしそうです。優希くんがどんな気持ちで私の名前を呼んでいたのか、わかってしまいましたから」
 特別な響きは今まで以上に特別なものとなって。
 風羽、と呼ばれる度に彼の心が伝わる。
 そしてこれからは彼の名前を呼ぶ度に、この心が伝わりますように――。そんな願いを込めて、私はもう一度彼の名前を呼んだ。











 (Completion→2011.10.14)