歩く度に落ち葉がカサカサと音を立てる。
道沿いの木々を見上げた風羽は、吹き付ける風の冷たさに身を震わせて足を止めた。
秋から冬へと移り変わる季節の変わり目。ふと自分の服装を見返し、軽装すぎたかと一人つぶやく。
ワンピースに薄手のジャケット。レギンスを穿いているとはいえ、足元から底冷えがする。
一度戻って着替える、という考えが一瞬脳裏をよぎるが、風羽は頭を振った。
(寮に戻ったら待ち合わせに遅刻してしまう。せっかく初めての待ち合わせをしたのだから、このまま行こう)
寒さなど、きっと彼に会ってしまえば気にならない――そんな事を考えながら、風羽は再び歩き出した。
『ある休日の昼下がりに』
休日の昼下がり。
一人で道を歩く風羽は、広瀬優希との待ち合わせ場所へと足を進めていた。
恋仲である広瀬とは学校の寮という同じ屋根の下で生活を共にし、夜は一緒に眠るという日々を送っていて、デートに出かける時も行き帰りまで一緒。――世間一般の恋する少女たちから見れば夢のような状況に置かれている。
休日の今日は数日前から外出の約束をしており、当然一緒に出掛けるものだと思っていた風羽だったが、今朝になって広瀬から『たまには外で待ち合わせしてみようか』と提案されたのだ。
特に反対する理由もなくうなずくと待ち合わせの場所と時間を決め、広瀬は適当に時間を潰しておくよと言い残し、先に身支度を終えて出て行った。
(……広瀬くんは、もう着いているのだろうか)
約束の時間は十時。まだ二十分前だが、先に出たこともあり、もしかしたらもう自分を待っているのかもしれない――そう思うと気持ちがソワソワとし始め、風羽は胸に手を当てた。
(時間はまだあるし、急ぐ必要はない……。それはわかっているのだが、なぜか落ち着かない)
逸る気持ちに、自然と足取りが速くなる。
足元の落ち葉の音も、風の冷たさも意識から零れていき、代わりに一つの思いが募っていく。
ほんの少し、別行動をしているだけなのに。
いつも多くの時間を共有しているのに。
(……不思議だ。どうしてこんなにも広瀬くんに会いたいと思ってしまうのだろう)
初めて抱いた恋愛感情は、思いがけないほど強く心を揺り動かす。
抗えない感情に突き動かされるように歩き続け、やがて風羽は待ち合わせの場所に立つ広瀬の姿を見つけ、ほうっと息を吐いた。
「広瀬くん、お待たせしました」
「……あれ、菅野さん? けっこう早く着いたね」
「はい。時間通りにと思ったのですが、ここに向かってくる途中でなんだか落ち着かなくなりまして」
「落ち着かない?」
「広瀬くんがすでに待っているかもしれないと思ったら、急に胸がソワソワしたのです。それから、早く会いたいと思った結果、急いでしまって……」
「……そうだったんだ」
風羽の言葉を受け、広瀬は口元に手を当てて視線を横へと逸らした。
二人が付き合い始めてもうすぐ半年を迎えようとしているが、風羽のストレートな物言いは広瀬の心をあっさりと浮き立たせる。
それを隠そうとコホンと咳払いを一つすると、広瀬は風羽に向き直って苦笑した。
「ところでさ、何でこんな寒い格好してるの? ……いや、すごく可愛いんだけどさ」
「可愛い……」
頬を染め、風羽は広瀬を見上げる。
「お褒めいただき、ありがとうございます。実はこの服、兼子さんと芳子さんが選んでくれた服なのです。ですから、可愛いと言って下さって嬉しく思います」
「そうだったんだ……。うん、君に良く似合ってるよ」
「……ありがとうございます。しかし広瀬くんの言ったように防寒性はなく、少し寒いのが難点でして。急いでここに向かっていた時は大丈夫でしたが、こうしてお話している間に少し体が冷えてきてしまいました。……広瀬くんは、しっかり着込まれていますね。さすがに賢明な判断です」
「まぁ、冬もすぐそこまで迫ってるからね。それにしても、本当に君ってどこか抜けてるよね。……そこが可愛かったりするんだけど」
言いながらマフラーを外した広瀬は、ふっと笑みを浮かべて風羽の首にマフラーを巻きつけた。
「……はい、どうぞ。これだけでも結構違うはずだけど」
ふわりと巻かれたマフラーに手を添え、風羽は微笑みを浮かべる。
温もりの残るマフラーは、彼の言う通りにそれだけで暖かい。
与えられる温もりに幸せを感じながら、風羽は心を満たす気持ちのままにもう少しと願い、言葉を紡ぐ。
「広瀬くんのおかげでずいぶん寒さが和らぎました。けれど、まだ少し足りません。指先が冷えてしまっているので、出来ればそちらもお願いしたいと思います」
「……それはもちろん。それじゃあ、手を繋ごうか」
「はい」
すぐに意図を汲み取り、手を取った広瀬に引かれて歩き出す。
首もとのマフラーと繋いだ手。何より隣を歩く彼の存在に、自然と寒さは和らいでいき。
二人の足元で音を立てる落ち葉の音を聞きながら、風羽は柔らかな笑顔を浮かべた。
(Completion→2010.11.20)