『雨の中のキス』
“それ”は突然思い立った結果の、私からのキス。
もうすぐ秋だね……と、風に目を細めながら空を見上げた広瀬くんの横顔に心臓が一つ大きく跳ねて。
「広瀬くん」
「ん? なに……って、ちょっ――」
名前を呼んで振り向いた彼の頬に手を添えて、私は唇を合わせた。
戸惑った様子の広瀬くんは一瞬動きを止め、そして今起こっていることを自覚した様子で私の口付けを受け入れる。
背中に回された手に引き寄せられ、頬に添えていた手を下ろそうと思った時。
サァァ……という音と共に降り出した雨に打たれ、ふと温もりが離れていった。
「……ああ、また降らせちゃったよ」
「ええ、見事に降りましたね。それにしても、いつもより雨の降り方が激しいようですが」
「それは……。――初めてだったからね、君からのキスは。だから仕方ないだろ?」
頬を赤らめ、視線を外す広瀬くんの言葉に心がくすぐられる。
彼が嬉しいと思った時には雨が降り、更にその気持ちが大きい程に雨は激しくなっていく。だから私からのキスは、それだけ彼を喜ばせたということで。
緩む口元を自覚しながら見つめていると、彼はコホンと一つ咳払いをして私の目を覗き込んだ。
「……ねぇ、何で急に俺にキスしようって思ったの?」
「したいと思ったのです。広瀬くんを見ていたら、急に強くそう思いまして」
「したいと思ったから……?」
「ええ。空を見上げた貴方の横顔を見ていたら、突然にキスをしてみたくなったのです。……いけませんでしたか?」
「ダメな訳ないっていうのは、この雨の降り方を見れば分かるよね。ああ、もう本当に君って人は……」
雨に濡れる前髪をかき上げながら、広瀬くんは困ったように笑って言葉を続けた。
「……でも、せめて場所を考えて欲しかったかな。おかげでびしょ濡れだよ」
「おお、そうでした。屋根のある場所で実行した方が良かったですね。……しかし、今さらどうすることも出来ませんから、次からは気を付けることにします」
「そうして下さい。……さて、本当なら雨宿りをした方がいいんだろうけど」
ため息混じりの言葉を切り、彼は私を引き寄せる。
「広瀬くん……?」
「……ねぇ、菅野さん。続きをしようか」
「続き、とは?」
「君からのキスの、その続き。雨、もっと激しくなっちゃうかもしれないけど、これだけ濡れちゃったら変わらないよね。……それに何より、今、そうしたいんだ」
キスをしたいのだと真っ直ぐに求められ、私はうなずく。
「私もです。……それでは、目を閉じて頂けますか」
「うん」
そっと目を閉じた彼に、もう一度口付ける。
雨の中で交わす私からの二度目の口付けは、彼の腕の中。
少し冷たい雨に打たれながら、それでも触れた場所から伝わる彼の温もりに心は満たされて。
激しくなる雨の中、私は彼の背中に手を回した。
(Completion→2010.05.23)