『深夜のティータイム』  (VOCALOID/KAITO×ミク)



「カイト、本当にお疲れ様。とりあえずBメロ手前までの編集が終わったから後で聴いておいてくれ。で、気付いたことがあったら遠慮なく言ってくれ。……そうそう、もう遅い時間だから明日な」
「わかりました。マスター、あまり夜更かししないで適当なところで切り上げてくださいね?」
「わかったわかった。じゃあおやすみ」
「はい、おやすみなさい」
 パソコンのモニターから視線を外さないまま、ひらひらと手を振るマスターに苦笑しながらオレは部屋を後にする。こういう時のマスターは時間を気にせず収録音源の編集に没頭してしまうから、何を言っても右から左。けれど倒れる程の無茶をする人ではないので、静かにドアを閉めてリビングへと向かった。
(今は……深夜一時を回ったところか)
 マスターの部屋を出る前に視界に入った時計の盤面を思い起こしながらリビングに入ると、そこにはミクがいて、オレを見るとソファから立ち上がって笑顔を浮かべた。
「あ、カイト兄さん……っ! おつかれさまでした!」
「ありがとう……。でも、こんな時間まで起きてたの?」
「だって、マスターとカイト兄さんが頑張ってるのに私だけ先に寝ちゃうのもなんかイヤで……。そうだ、飲み物を淹れるね! コーヒー、紅茶、緑茶。どれがいい?」
「じゃあ、紅茶でお願い出来るかな。さっきまで録ってた歌が民族調の曲で、どれかっていうと紅茶気分でさ」
「民族調? どんな感じなんだろ……。朝から今の今まで録ってたんだよね。すっごく気になるんだけど……」
「あ、じゃあお茶を飲みながら聴こうか。まだ途中までだけど、編集したデータをマスターが渡してくれたから」
「やったー! そうと決まったら早速お茶を淹れるね」
 浮足立ちながらキッチンに向かうミクを見送り、ソファに腰を下ろす。
 サイドテーブルの上には焼き菓子が用意してあり、つい手を伸ばしそうになってハッと気付き、我慢する。遅くまで待っていてくれたミクと一緒に食べたい、そう思って膝の上に手を置きながら待っていると、二人分のカップを持ったミクが戻ってきた。
「おまたせ、カイト兄さん」
「ありがとう。早速いただこうか」
「うん。それと音源もよろしくね」
「……了解」
 目をキラキラさせながらオレを見るミクに、焼き菓子に伸ばしかけた手を止めて彼女の手に自分のそれを重ねる。こうして体の一部を触れさせることで音楽のデータを共有出来るのは便利だと思う。媒介を介さずに共有する音楽は体の内側から響くようで心地良い。
 早速、さきほど受け取ったデータを再生させると、ミクはハッと目を見開いた。
「えっ、これ……」
 それきり言葉を失うミクを横目で見ながら、オレも身の内から溢れんばかりの重厚で壮大な響きと力強い世界観に圧倒されて、自分の声なのに思わず聴き入ってしまう。
 歌い人は一人なのに、何人もの歌い手が思いを重ね、世界を創り上げている。同じメロディ、同じ音程のパートをいくつか録った時はなぜだろうかと思っていたけれど、マスターはこれをイメージしていたのだ。
「マスターはやっぱりすごいな」
「マスターはもちろんそうだけど、カイト兄さんが」
「え、オレ?」
「うん。ずっと聴いていたくなる……。心が揺さぶられるほど力強いのに、あったかい。それに心地いいの。曲もだけど、カイト兄さんの声がすごく好き」
「……ミク、ありがとう」
「ううん。本当にそう思ったから。……ねぇ、もっと聴かせて。何度だって聴いていたいな」
「……いいけど、紅茶が冷めちゃうよ?」
 手を重ねたまま片手でカップを傾けるのに気が引けたのと、照れ隠しが半分。そんな言葉を掛けると、ミクが微笑んだ。
「カイト兄さんは先に飲んでて。カイト兄さんが飲み終わったら手を離すから、それまで聴かせて?」
「……わかったよ」
 笑みを返すとミクは嬉しそうに笑い、ゆっくりを目を閉じた。
 オレは自分に向けた音声をミュートにしてミクだけに聞こえるようにする。聴き入るミクに心がくすぐったくなるのを感じながらカップを手に取った。

(ミクが淹れてくれた紅茶を出来るだけ時間を掛けて飲もう。そして飲み終わった時に彼女が望むのなら、もう一杯紅茶を注ごう)

 思い掛けない深夜のティータイム。
 オレはゆっくりとカップを傾けて紅茶を口に運んだ。










ネットプリント用に書き下ろしたカイミクSSです。

2023.05