『雨の後は上天気』  (魔進戦隊キラメイジャー/熱田充瑠×柿原瑞希)



 放課後の教室。いつも持ち歩いているスケジュール帳を開いてため息をつく。
 今日は充瑠と付き合い始めて六ヶ月、半年が経った記念日だけれど。
「デートしたり手を繋いでも、それ以上に進展しないんだけど……。ほんとに付き合ってるのかな、私たち」
 自分の机の周りに誰もいないことを確認して、あえて声に出して呟いてみる。チラリと視線を投げると、当の本人はいつものように夢中になってスケッチブックに何かを描いていた。
 うん、いつもの光景。これで私が話し掛けると、割とすぐに気付いてくれるようにはなったのだけれど。
(よく考えたら、私のこといつまでも『柿原さん』呼びだし、デートは大抵私から誘ってるし、キスしたいってアピールしても気付かないっていうよりスルーだし。そもそも好きって言葉聞いてなくない?)
 この半年の記憶を手繰り寄せて――なんだか急に不安になる。
 もしかして、付き合ってるって思ってるのは私だけ……?
 そう思ったら、居ても立ってもいられなくなって席を立ち、充瑠の机を思い切り叩いた。
 バンッ‼ と大きな音がして充瑠がビクリと肩を跳ね上げ、周りのクラスメイトも驚いたようにこちらを見る。けれど構わず充瑠の手を取った。
「ごめん。ちょっとこっちに来て」
 声が揺れるのを抑えながら低い声で言うと、有無を言わさず充瑠の手を引っ張って教室を出る。え、どうしたの? とか、柿原さんちょっと待って、なんていう声を無視して屋上に出ると、私は充瑠の手を離して彼に向き合った。
 答えを聞くのが怖いけど、確かめなくちゃいけない。
 充瑠の目を見上げて、一つ深呼吸をして。そして私は言った。
「ねぇ、充瑠。私にキスして」
「…………え?」
「キスだよ。するのしないの? それとも出来ないの?」
「ちょっと待って。どうしたの、急に」
「急にじゃない。私はずっとしたいなって思ってた」
「え、俺……と?」
「当たり前じゃない! 私たち、付き合ってるんだよね!?」
「付き合って……⁉ え、俺と柿原さんが……?」
 思い切り戸惑った様子の充瑠に、ああ、やっぱり……って頭が真っ白になる。
 今の今まで、両想いで彼氏彼女の関係で恋人同士って思ってたのは私だけで、充瑠にはそのつもりは全くなかったってことで。
 休みの日に一緒に遊園地や水族館に出かけたことも。たくさんの場所に行ってスケッチブックを描きながら笑い合ったことも。学校の帰りに手を繋ぎながら一緒に帰ったことも。
 全部ぜんぶ。充瑠にとって私は『彼女』ではなくて『仲のいいクラスメート』止まりだったんだ。
「うそでしょ……。私ばっかり好きだったなんて」
 気持ちがぐちゃぐちゃになる。
 恋人だと思ってたのに、片想いもいいところ。恥ずかしくて、消えたくなって、勝手に涙が溢れてボロボロと頬を伝って落ちていく。
「柿原さん――っ」
「触らないで!」
 差し出された充瑠の手を反射的に払って後ずさり、私は首を振った。
「……今まで勘違いしててごめん。勝手に充瑠も私の事好きだって思い込んで、付き合ってるって思ってた。……あはは、バカみたいだね。一人で勝手に舞い上がって、充瑠なんて呼び捨てにしてさ」
「違うよ、柿原さん。俺は――」
「違わないでしょ。熱田は優しいから私に付き合ってくれてただけ。ごめんね、もう彼女面するのやめるから。今までありがと。バイバイ、熱田」
 勘違いの謝罪とサヨナラの言葉を告げて、先に校舎に戻ろうと歩き出す。
 けれど彼の横を通り抜けようとした時、痛いほどの力で腕を掴まれて足が止まった。
「――っ、離してよ」
「ダメだよ。勝手にサヨナラするなんて」
「なによ、失恋くらいカッコつけさせてよね」
「……失恋じゃない」
「え?」
 思い掛けない言葉に驚いていると、突然引き寄せられて唇が重なった。
 なに、これ。
 あったかくて柔らかい。
 充瑠が、私にキスしてる――?
 次々と疑問符が頭の中に浮かび、けれどまとまりなく消えていく。
 どれくらいの間そうしていたのか分からないけど、ふと気付いたら怒った顔をした充瑠が私を真っ直ぐに見ていた。
「謝るのは俺の方だよ。柿原さんにそんな事を言わせてごめん。……まさか柿原さんが俺の事を好きでいてくれてたなんて思ってなくて。付き合ってるって思いもしなかった」
 言葉の後半はシュンとした顔で話す充瑠の言葉に、ゆっくりと思考が追いついていく。
 恐る恐る見返す私に、充瑠は僅かに瞳を揺らがせながら言った。
「柿原さんと一緒にいると楽しくて、すごくパワフルで元気をもらえて。でも可愛いところがあって守ってあげたくなって。……ずっと一緒にいたいなって思ってる」
「それって……」
「うん、好きだよ。柿原さんが好きです。だから、改めて俺と付き合ってください!」
 勢いよく頭を下げる充瑠に驚いて……それからなんだか可笑しくなって涙を拭うと、私は彼に倣って頭を下げた。
「私からもお願いします。充瑠のことが大好きです。だからあなたの恋人にしてください」
「ホントに⁉」
「本当に。あ、でも一つだけお願いがあるんだけど。私の事、『瑞希』って呼んで欲しいな」
「……っ、瑞希……さん」
「み・ず・き!」
「――瑞希」
「うん。充瑠、これからもよろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
 顔を見合わせて笑い合って。
 それからいつものように手を繋いで屋上のドアに向かう――と、充瑠が私の手を引いて掠め取るようにキスをした。
「ふいうちは……ズルいよ」
 頬を膨らませると、充瑠は体をかがめて笑うともう一度唇を重ねる。
 あの夜から半年。
 今日から始まる本当の恋人期間に心を浮き立たせながら、私は充瑠の背中に手を回した。