『夜道を歩く二人』  (フラジャイル/森井×宮崎)



 酔っている。この人は確実に酔い潰れている。
 森井はヘラヘラと笑いながら歩く宮崎をジト目で見て、大きな溜め息をついた。
 行き慣れた居酒屋。いつもと同じ酒量。だが酒に強いはずの宮崎はフラフラと千鳥足で帰路についている。
 自転車を引き、隣を歩きながら付き添っていると、宮崎がふと歩みを止めた。
「あれ? 森井さんのおうちってこっちでしたっけ?」
「いや、反対方向ですけど」
「じゃあここでお別れですね」
「送っていきますよ。宮崎先生、今日は相当酔ってるでしょ」
「うーん、確かにいつもよりお酒の回りが早かったしフワフワしてますけど……ちゃんと帰れますよ?」
「いつも以上に酔ったのは睡眠不足のせいですよ。ったく、飯食ったらすぐ解散するつもりだったのに、酒なんか注文するから……」
 早く帰らせて休養を取らせるつもりが、これでは本末転倒だ。途中で止めれば良かったと後悔しつつ、自分で帰れると主張する宮崎の目を覗き込んだ。
 腫れぼったい瞼は重く、瞳はとろんとしている。
「宮崎先生、やっぱり送っていきますよ」
「だいじょうぶです。ほんっとーにひとりで帰れますってば」
 もう一度告げた言葉はあっさりと退けられ、森井は眉間に皺を寄せた。
(何が一人で大丈夫、だ。夜も更けて街を歩く人の層は変わってきているし、女の一人歩きがどれほど危険なのか自覚がなさすぎるだろ……)
 常でさえボンヤリとした所があるのに、酒に呑まれた彼女を制することは容易く、万一を考えれば『はい、さよなら』などと放任することは出来ない。
 森井は舌打ちをし、半ば奪い取るように宮崎の鞄を取り上げた。
「もしこれが俺じゃなかったら金目のものを奪われてましたよ。それに痴漢だっているかもしれない。大人しく送られて下さい」
「でも、私なんかをどうこうしようって思う人はいないと思いますよ〜。細木先生や火箱さんみたいな美人さんでグラマーな人なら襲いたくなっちゃうんでしょうけど――」
「あー、もう! 俺が送るっつってんだからつべこべ言わず大人しく送られろ!」
「……は、はい、お願いします」
 苛立ちを隠せずドスが効いた声音になる。それを受けた宮崎は頷くと、よれよれとした足取りで歩き始めた。
 繁華街の喧騒が少しずつ遠退いていき、次第に人通りも少なくなる。
 街灯が照らす道を黙々と歩いていると、遠慮がちに宮崎が口を開いた。
「……森井さんは彼女とかっていないんですか?」
「は?」
「あ、いえ。気が効くし面倒見がいいから、将来いい旦那さんになりそうだなって思って」
「…………」
「あれ? どうしたんですか、変な顔をして」
「それが原因で大抵フラれるんですよ。こんな勤務時間でほとんど時間が合わないし、身の回りのこと一通りやっちゃうんで、『私はいらないんでしょ』って思うらしくて」
「あー、もしかして森井さんの彼女さんって尽くしたいタイプだったりとか?」
「そうだったかもしれませんね。って、なんか妙に上から目線だけどそっちはどうなんです? 宮崎先生」
「私、ですか? えぇと……その、語るほどの恋愛経験はないというか、大学時代に少しだけ。でも、そんな深い仲とかまでならなくて、勉強に追われている内に自然消滅してしまって……って、なんでこんな話になったんでしたっけ?」
「そっちが先に話を振ってきたんでしょうが」
「そうでした……」
「雑談したいんなら別の話題にしましょうかね」
「うーん、じゃあ……」
 並んで歩き、取り留めのない話をしながら宮崎の家へと向かう。
 彼女の口は回っているが、やはり足取りがおぼつかない。
 森井は宮崎に歩調を合わせ、ゆっくりと自転車を押し進めた。










 ※宮崎先生の過去について、完全に捏造です…。