『支え』  (フラジャイル/森井×宮崎)



「……お疲れさん」
 いつも以上に言葉少なに立ち去る岸の背中を見送り、宮崎は頭を下げ。カツカツと響く靴音が消えた途端に、それまで抑えていたものがフツリと切れて止め処なく涙が溢れた。
「泣くな……泣くな……」
 自分に言い聞かせるように低く呻く。けれど一度堰を切ったものは簡単に止める事が出来ず、肩が、背中が、そして全身が震えて嗚咽が漏れた。
 剖検中の子供の顔、そして痛ましい傷や臓器の損傷。幼子に何が起こったのか、そして何が彼を死に追いやったのか。
 臓器は全てを物語る。
 怒りや悲しみといった感情を深く沈め、医師として、病理医として冷静であろうと努めた。けれど今は感情が激しく渦巻いてどうやっても止められそうにない。
「……泣くな。泣くな!」
 白衣の袖で乱暴に涙を拭い、声を荒げる。けれど涙は止まらずしゃくり上げてしまい、「泣くな」とまともに言葉にする事が出来ずに背中を丸めていると、肩に手が置かれた。
「我慢しなくていいんじゃないですか。医者だからって心まで殺す必要ないでしょ」
 いつの間にか側にいた森井の声に、宮崎は顔を上げる。涙が彼の指で拭われ、けれどボロボロと零れ落ちる新しい涙がその指を、手を濡らす。
「人として当たり前の感情ですよ。宮崎先生はそのままでいい」
「……っ、もり、い……さんっ」
 最後の堰が壊される。
 縋るように手を伸ばすと森井は応え、胸元に引き寄せる。その胸に顔を埋め、宮崎は肩を震わせ感情のままに声を上げて泣き崩れた。