『今日の森宮 ~呼び名編~』  (フラジャイル/森井×宮崎)



「ああ、そうだ。ち……」
 検査結果を出し終え、データを持ち込んだ森井が話半ばでハッとしたように口を閉じる。
 顕微鏡を覗き込んでいた宮崎が顔を上げたのと、書類に目を通していた岸が振り返るのがほぼ同時で、二人の視線が森井に集まる。
 一人は不思議そうに、そしてもう一人は面白いものを見つけた時の目だ。森井は死んだ目で口角を上げる上司を見やった。
「へぇ、宮崎先生のこと、名前呼びしてるんだ。ち……『ちーちゃん』?」
「……宮崎先生、午後の予定なんですけど」
「ちーちゃん」
「カンファの前に確認して欲しい事が」
「ちーちゃんでしょ」
「だぁ‼︎ うっさいな! 言えば気が済むんですか⁉︎ オフでは智尋って呼んでますよ! さ、気が済んだら仕事に戻りましょうね!」
「へーい」
 渋々と前を向いた岸の背中をひと睨みし、自分の椅子に座った森井は宮崎の方へ視線を投げる。そこには話の続きを待機しつつ、思いがけず『智尋』と呼ばれた余韻で頬を染め、動揺している宮崎がいて。
 意図せず名を呼んでしまった恥ずかしさと、宮崎の反応と。
 耳に集まる熱を感じながら、森井はこれ以上深追いされないように視線を寄越す岸を睨みつつ、宮崎に業務連絡を伝える事に意識を専念させた。