『今日の森宮 ~内緒のキス編~』 (フラジャイル/森井×宮崎)
「おはようございます! って、私が一番乗りか……」
病理部のドアを開けた宮崎は部屋の電気を点け、コートを脱いで荷物と共にロッカーに仕舞うと、白衣を纏った。そして各機器の主電源を入れて回り、一息つく。
始業時間まで余裕があり、夜勤帯に提出された依頼書に目を通した宮崎はスマートフォンを手に取った。
ホームボタンを押すとSNSの新着表示があり。開いて確認すると、火箱から『こんな診断サイト見つけたんですけど、試してみませんか?』というメッセージと共にURLが貼られている。それをタップしてみると、内緒でキスをしよう、という診断サイトに行き着き、宮崎は目を瞬かせた。
どういうことだろうか、と説明文に目を走らせると、恋人と自分の名前を入れると様々なパターンの『内緒でキスをする』シチュエーションが表示されるらしい。
火箱がどういう意図で自分にこの診断サイトを勧めたのか分からないが、少しだけ気になる。
そう、ほんの少しだけ……と呟きながら森井と自分の名前を入れて結果ボタンを押すと、すぐに診断結果が表示された。
『舞台裏でキスをしよう。幕が上がる前くらい、キミをひとりじめさせてほしい。』
「……舞台裏って。しかもそんなセリフ、森井さんは絶対に言わないから! あはは、ないない!」
思い掛けない結果に一人笑っていると、背後から肩をポンと叩かれ、宮崎は短い悲鳴を上げてスマートフォンを取り落とした。
ゴツ、という嫌な音を立てながら床に落ちたスマートフォンに自分以外の手が伸びる。そして視界に入った森井の姿に宮崎はもう一度声をあげた。
「えっ……、あ、もり、い……さん⁉︎」
「おはようございます。宮崎先生、落としましたよ? 画面割れてないといいけど」
言いながら、森井は視線を落として画面に見入る。その顔が訝しげな顔に変わり、宮崎は直前まで見ていた診断結果を思い出して血の気が引いた。
落ちた時の衝撃で、いっその事壊れてしまえば良かったのに。
ジッと画面を見つめたままの森井からジリジリと後ずさると、彼はふと顔を上げて笑んだ。
「確かにこんな台詞、俺は言わないですよね。ないよなー、こんな歯の浮くセリフ」
「……いつからいたんですか、森井さん」
「智尋がスマホとにらめっこして百面相をしてた辺り」
「う……ほとんど見られてたんだ……って、名前――」
プライベートと仕事をきっちり分けている森井が院内で自分の名を呼ぶなど珍しい。どうして、と問い掛けようとした宮崎は、伸びてきた森井の手に顔の輪郭をなぞられ、ハッと息を呑んだ。
森井は周囲の気配を探ると宮崎にキスをする。
軽く啄むようなキスを。そしてもう一度、唇を食んで軽く舌を絡ませる。
「んっ……ふぅっ……」
きっとここに来る前に吸ってきたのだろう。鼻の奥に煙草の匂いが届く。
キスも煙草の匂いも。ここは職場だというのに自分の中の森井の存在を強く意識し、彼のシャツを手繰り寄せて握り締める……と、不意に温もりが離れ、宮崎は濡れた瞳で森井を見上げた。
「コラ。朝からそんな顔するんじゃない」
「……っ!」
ムニ、と軽く鼻を摘まれて宮崎が手を離す。
「そろそろ岸先生も来るから通常業務に戻ってくださいね、宮崎先生」
「は、はい……。でも森井さん、どうしてキスしたんですか?」
「内緒でキス。興味あったんですよね? だから機材の電源を入れてくれた礼を兼ねて」
「わっ」
クシャリと頭を撫でる森井を見上げると悪戯っぽい笑顔を浮かべていて。
ああ、好きだなぁ……と心の中でつぶやき、宮崎は手を握りしめた。
「森井さん、今日の夜……泊まりに行ってもいいですか?」
自分から泊まりに行きたいなど、はしたないだろうか。そんな事を考えながら答えを待っていると、森井はフッと笑った。
「いいですよ。でも残業は一時間以内で済ませましょうね」
「はい……!」
森井らしい飴と鞭。けれど定時きっかりに上がれと言わない所が優しくて。
始業開始20分前。
気合いを入れる宮崎は、白衣の袖を捲ってデスクへと向かった。
お題診断を使用しました。
内緒でキスをしよう
森宮:
舞台裏でキスをしよう。幕が上がる前くらい、キミをひとりじめさせてほしい。
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