『キスとキスの合間に』
「その……、範尚先輩。前々から少し気になっている事があって」
鼻先が触れ合うような。キスの余韻を残すそんな近い距離で、腕の中の恋人が濡れた唇で言葉を紡ぐ。
「気になる事?」
視線を彼女の瞳、そして唇へと落とすと微かな息が漏れ、やがて答えが返って来た。
「……キス。いつも一度だけじゃ終わらないですよね。それって何でかなぁって思って」
思いがけない言葉。
言われて思い返してみれば、最初のキスも一度だけでは終わらずに二回した。あれから今に至るまで、恋人同士の深く絡み合うようなキスを自然と重ねるまでに回数を重ねて来たけれど、確かにどんな時だって唇を離した後、もう一度とキスを繰り返して一度で終わった例がない。
「ああ、確かに……」
「あ、でもこんな事言い出したからって、先輩とのキスが嫌とかそういうんじゃないですよ!? ただ単純に何でだろうって思っただけで」
「はは……。うん、分かってる。確かに言われてみると気になるよな」
彼女を抱き締める手をそのままに、思考を巡らせる。
まだキスに不慣れで触れる心地良さよりも緊張が勝っていたあの頃。好きな人の温もりを感じ、心を近付ける行為に幸せを感じる今。
どちらも彼女を求める行為で、もしかしたらこの心の独占欲が働いているのかもしれない。けれど一度目のキスだけでも十分に満足感を得ているのに、必ずもう一度となるとよほど自分の欲が強いのか、それとも別の理由があるのだろうか。
一通り考えてこれだという強い根拠には行き着かず、亜貴ちゃんを見る。彼女は彼女なりに考えているようで、俺の視線に気付くとやはり理由が解らないといった様子で小さく笑った。
「……もう一回してみようか」
考えて解らないのなら実践から学べば良い。そう思って提案してみると、少しの間の後にそっと瞼が閉じられた。
カウント1からのキス。
その日初めてするように、触れ合わせるだけのキスをする。それから角度を変えて柔らかな唇を啄ばむように合わせ、呼吸を感じながら少しずつ深いものにしていくと亜貴ちゃんの手が俺の背に回った。
思えば、最初の頃はお互いにどこかぎこちなくて、キスの間どこに触れていいのか分からずに体というよりは服を掴んでいたような気がする。けれど今は迷うことなく心のままに相手の体に手を走らせ、求め合う。
経験も心も初めと今ではこんなにも違っているのに、キスが一度で終わる事がないというのは変わらない。それはどうしてなのか。
「……っ、んぅ」
漏れる甘い声に思考が止み、体を引いて唇を離す。と、熱を帯びたままの瞳が俺を見上げた。
「範尚……先輩……」
頼りない声で呼ばれる名前。同時に背に回されたままの彼女の手に、ほんの僅か力がこもる。それはどこか名残惜しそうで。
(……あ)
瞬間、このまま離してはいけない、離せないと、理性でなく本能がざわめくのを覚る。
(そっか。だからか……)
思い返せば。キスが終わった後に服が手繰り寄せられたり、今みたいに体に回された手に引かれたり。印象に残らないぐらいの軽い力だから気付かなかったけれど、それは彼女の癖のようで。それに対して俺は必要とされている、求められているのだと感じてもう一度キスを重ねていた訳で。
「……先輩? もしかして理由、解ったんですか?」
「いや、解りそうで解らなかったよ。……それより、続きをしよっか。どっちにしたって、何度だってキスしたいって思うのは変わりないみたいだから」
「あっ……」
辿り着いた答えを隠し、唇を重ねて追求を遮る。
キスとキスの合間の、無意識の合図。
君が知ったらきっと自制してしまうだろうから。
だからどうか、このまま気付かないでいて。
君が俺を求めてくれているのだと、自惚れたままで居させて欲しい。
「……そういう亜貴ちゃんは、答えは見つかった?」
顔を離し、そう問いかけると彼女は笑って。
「結局、解りませんでした。どうしてなのかやっぱり気になるけれど、きっとそれだけ幸せだからかなって思うようにします」
彼女なりに見つけた答えは真っ直ぐで純粋で。
本当の答えを隠す俺には不釣合いにさえ思えてしまう。
それでも。
もう手放せない大切な存在だから。
俺は笑い、腕の中の恋人を強く深く抱き締めた。
お題『キスとキスの合間に』 (Completion→2012.01.12)
お題提供先→