『First kiss』 



 夕陽が射し込む図書室。参考書を捲る音がやけに大きく感じられて顔を上げると、いつの間にか残っているのは俺と依藤さんだけになっていた。
 腕時計に視線を落とせば、最終下校時刻まであと僅か。
(もうこんな時間か……。そろそろ帰らないと)
 下校を促すため、隣に座る彼女に声を掛けようとして俺は息を呑んだ。
 茜色に染まりゆく世界の中、彼女の横顔に心を囚われる。
 声を失い、ただ見入っていると、ふと気付いたように彼女がこちらを向いた。
「乃凪先輩……?」
 不思議そうにほんの少し首を傾げる仕草に、長い髪が肩から零れて。
「…………」
 手を伸ばし、髪に触れるとサラリと指の間を滑っていく。
(綺麗だな……)
 そんな事を漠然と思いながら彼女を見ると、戸惑いがちな瞳が俺を見返していた。
 急に髪に触れたりして何をしているんだと、以前の俺なら自分に言い聞かせて――、いや、そもそも触れる事など出来なかった。けれど今は、両想いという免罪符がある。
 彼女の瞳に戸惑いの色は見えても、否定的な色は見えない。そしてよく見れば頬が僅かに染まっていて、このまま触れていてもいいのだと教えてくれていた。
「依藤さん……」
「乃凪……先輩……」
 掠れるような声で呼ばれて、フッと気持ちが浮き上がった。
 頬へと手を添えて、そのまま僅かに滑らせる。
 カタン、と椅子が立てる音をどこか遠くに聞きながら、彼女へと体を寄せて口付ける。
 ごく自然に重なった唇はふわりと柔らかで。
 そのままゆっくりと体を引くと、服の袖が引っ張られた。
「…………」
 夕焼けの中でも判るぐらい顔を真っ赤にして、無言で俺を見上げる依藤さん。
 怒っている訳ではなさそうだけれど、自然と謝罪の言葉が口から出た。
「いきなり、ごめん。……驚いたよね」
「……はい。でも、謝らないで下さい。突然でビックリしたけど……嬉しかったです」
「……依藤さん」
 思いがけない言葉に嬉しさを感じていると、袖を軽く引かれる。
 何かを促すようで彼女を見ると、じっと俺を見上げている。
 彼女の訴えは何かと考え、そして行き着いた答え。
『もう一度?』
 そのまま声には出さずに告げると彼女の口元が綻び、肯定する。
 今度はふいうちじゃなくて意識し合いながら。
 茜色に染まった図書室で、俺と依藤さんは二度目のキスを重ねた。











 (Completion→2011.10.16)