紗夜ちゃんがいつも大切そうに付けている、二本のブレスレット。
 一つは彼女が本を参考にしながら作った、桜をモチーフにしたブレスレットで。そしてもう一つは誰かにプレゼントしてもらったという、コスモスをモチーフにしたブレスレット。
『素敵な方ですよ。とてもとても優しい方です』
 相手のことをそう言って、嬉しそうに笑っていた紗夜ちゃん。
 何度聞いても、誰にもらったのかは教えてくれなかったのだけれど――。


      『Bracelet』 


「宮沢。頼みがあるんだが、放課後は空いているだろうか」
 いつもと同じメンバーで過ごす昼休み。
 弁当箱を片付けている時に、私だけに聞こえる声量で七葵先輩に声を掛けられた。
「放課後……? それなら空いてますけど、なんでですか?」
 先輩が私の予定を聞くだなんて珍しいというか、初めてで。
 不思議に思いながら理由を聞くと、七葵先輩は光先輩や夏目と話している紗夜ちゃんをチラッと見て、そして言いにくそうに口を開いた。
「その……頼みがあって話をしたいんだが、ここだと不味いし、時間を取って欲しいんだ」
「それって他のメンバーにはともかく、紗夜ちゃんには知られたくないこと?」
 そう言うと図星だったみたいで、一瞬息を呑んで、そして小さくうなずいた。
 紗夜ちゃんに内緒で私に頼みたいことってなんだろう。
 理由が気になりながらも、私は「わかりました」と返事をした。
「すまない。じゃあ放課後、ここで待っている」
 ホッとしたような表情を浮かべて、七葵先輩は立ち上がる。
 紗夜ちゃんには知られずに、私に頼みたいこと。
 七葵先輩は教室に戻ろうとしているらしく、紗夜ちゃんに声を掛けている。言葉を返す紗夜ちゃんに手を伸ばして、前髪をくしゃくしゃと数回撫でてから離れていった。
 残された紗夜ちゃんは、前髪を直しながら小さく笑っている。
 そんな二人の様子を見ていると、悪い内容じゃなさそうで。
 そう判断した私は、余計な詮索は止めて放課後を待つことにした。

          *

 放課後、図書館に行くという紗夜ちゃんと別れて待ち合わせの場所に向かう。
 七葵先輩は先に来ていて、私を見ると手を上げた。
「悪いな。急に呼び出したりして」
「別に構わないですよ。でも、頼みたいことって何ですか?」
 文武両道で、料理もこなしてみせる先輩が私に頼みごとだなんて。首を傾げながら本題を問いかけると、急に表情を曇らせ、言葉を探して迷っている。
 ハッキリとした物言いをする先輩のそんな様子が珍しくて、じっと見ていると、やがて深く息を吸い込んで話を切り出した。
「その、あいつが付けているブレスレットだが、桜の方は宮沢と一緒に作ったんだったな」
「それなら、私はアドバイスをした程度で、紗夜ちゃんが本を見ながら作ってたけど……」
 紗夜ちゃんのブレスレット。
 思いがけない内容に驚いていると、言葉が続けられた。
「鞄のコサージュも宮沢が作ったんだったな」
「そうだけど、それって頼みたいことに関係あるんですか?」
「……ああ。そうだな、回りくどい話は止めて、単刀直入に言おう。紗夜のもう一つのブレスレットだが、作り方は分かるだろうか」
「コスモスの方の……?」
「そうだ。桜の方は本を見ながら同じものを作れるだろう。だが、秋桜の方は売られていたものだからな。壊れた時に同じものを用意出来ないから、もし作ることが出来そうなら教えて欲しいと思ったんだ」
「え、ちょっとタイム! 七葵先輩、ちょっと話を整理させて!」
 飛び込んできた情報に待ったをかけると、私は頭の中で考える。
 コスモスのブレスレットを作りたい。
 本題は分かったけれど、『売られていたもの』『同じものを用意出来ない』という言葉は、紗夜ちゃんにブレスレットを贈ったのは七葵先輩だという事を示している。
 付き合い始めた二人の関係から、ブレスレットの贈り主は彼じゃないかと思っていたけれど、紗夜ちゃんが教えてくれないままだったから。
「やっぱりあのブレスレット、七葵先輩からのプレゼントだったんですか!?」
 確認の為にそう問いかけたら、少しの間の後、「ああ」と短い答えが返された。
「だからかぁ……。紗夜ちゃん、本当に大切そうにしてるもの。ちょっと妬けちゃうぐらいに」
「……そうか」
 くすぐったそうに視線を逸らす七葵先輩。
「それで、だ。あのブレスレットはなにぶん安物だったから、その内に壊れてしまうような気がしてな……。気に入っているようだから、そうなったらあいつは悲しむだろう。だからもし、桜のブレスレットのように作ることが出来るのなら、作り方を覚えたいと思ったんだ。……どうだろうか?」
「あのブレスレット、桜のと似た作りだし、応用すれば作れると思います。……でも先輩、私に作ってもらえないか、じゃなくて『作り方を教えて欲しい』、なんですね。それって、自分が紗夜ちゃんの為に作ってあげたいって事ですか? それとも、今回限りじゃなくてこの先も作ってあげるつもり……とか」
 にっこりと笑いながら言えば、七葵先輩は眉間に皺を寄せる。
 多分、この先も――という方が正解なのだろう。
 ブレスレットが壊れる度に、同じものを作ってあげるつもりなんだ。だから、いつでも自分で作れるようにと考えて――。
「……いいですよ。作り方を紙に書いたのと、材料と。数日の内に用意して渡しますね」
「宮沢……。あ、いや。材料なら何を用意すればいいのか教えてもらえば、自分で買いに行くが」
「最初の分ぐらいは用意しますよ。紗夜ちゃんを大切にしてくれるんだもの。これぐらいは協力させて下さい」
「……ありがとう」
 頭を下げる七葵先輩に手を振って、私はその場を後にする。
 それにしても。
『素敵な方ですよ。とてもとても優しい方です』
 紗夜ちゃんが言っていたヒントが、今になってストンと心に落ちる。
 二人が付き合い始めたって聞いた時は驚いたけれど。
 今なら心から祝福できる。
「紗夜ちゃんのこと大切にしてくれる人に出会えて、良かったね」
 いつか彼女にそう伝えようと思いながら、私は空を見上げた。











 (Completion→2011.08.18)