『手作りバレンタイン』
手渡されたのは一枚のエプロン。
七葵は色違いのエプロンを身に付けている紗夜を見返し、至極真面目な顔をして言った。
「なんだこれは」
「エプロンです」
にっこりと返す紗夜は、さも当然といった様子で答える。
聞きたいのはそうではなく、と心の中で突っ込みを入れつつ、七葵はどう切り返そうかと頭を抱えた。
『七葵先輩、十四日の予定は空いていますか? 出来れば家に来て頂きたいと思うのですが……』
紗夜からの誘いがあったのは先週末のこと。
指定された日付は俗に言うバレンタインデーで、チョコレートを渡されるのだろうと予測をつけながら訪れたのだが。
何故か手渡されたのはチョコレートではなく、お揃いのエプロン。意味が分からない、と改めて思い、七葵はエプロンに視線を落とした。
「……これを俺に付けろと?」
「はい、お揃いなんですよ。この日の為に買ってしまいました」
「だからなぜエプロンなんだ」
「それは、一緒に作りたいと思ったからです。チョコレートを」
「…………は?」
思いがけない単語を聞き、七葵は目を瞬かせて紗夜を見る。
今日という日にチョコレート、という事は予測していた。けれど予想外の展開と思いがけない流れに思考がついていかない。
ただ呆然とする七葵に、紗夜は微笑みを浮かべた。
「最初は普通に渡そうと思っていたのですよ? でも、練習で夏帆と一緒にチョコレートを作ったら、とても楽しかったのです。それで、七葵先輩と一緒にチョコレートを作れたらな、と思いまして。ただ差し上げるだけではなく、その方が思い出になりそうですし、一緒の時間を過ごす事が出来ますから」
「……そういう訳か」
渡されたエプロンの意味を知り、七葵は紗夜の髪をクシャリと撫でた。
「全くお前は……。最初からそう言えばいいだろうが」
言葉とは裏腹に紗夜に触れる手は優しい。
紗夜がくすぐったそうに笑うのを見ると、七葵はエプロンを身に付け、袖を捲った。
「ほら、そうと決まったら始めるぞ。言っておくが、菓子作りは専門外だからな。指南を頼む」
「はい! 任せて下さい」
自信ありといった様子の紗夜に手を引かれ、キッチンへと促される。
思いがけない初めてのバレンタインに、七葵は穏やかな表情を浮かべ、目を細めた。
(Completion→2012.02.16)