『Packed lunch』
「どうしてあのような細工をしたんだ、紗夜」
帰り道。隣で歩く七葵に問われ、紗夜は首を傾げた。
「細工、ですか?」
「覚えが無いとは言わせんぞ。白飯の上に桜でんぶで、その、あのような形をだな……」
彼にしては珍しく、言葉を言い濁らせる。紗夜は七葵の言いたい事に気付き、小さく笑った。
もはや恒例となっている昼食の弁当の差し入れ。紗夜はそこに一つの仕掛けを施したのだ。
桜でんぶで描いたハートの形。
蓋を開けた七葵が目を見開いて絶句し、慌てて蓋を戻しながらジトリと視線を寄越したのを鮮明に覚えている。そして、そんな彼の目元と耳が赤く染まっていた事も。
「……ふふっ、驚きました?」
「当たり前だろうが」
「それは失礼しました。けれどあれにはちゃんとした理由があるのですよ」
緩やかに波打つ黒髪を揺らし、紗夜は七葵の前に立つ。
話の続きを待つ目の前の人物を見上げ、その真っ直ぐな瞳に視線を合わせ。パチリと瞬きを一つすると、柔らかな笑顔を浮かべた。
「……七葵先輩が、好きです」
「なっ……」
紡がれた言葉に七葵の顔が赤く染まる。
「覚えていますか? この並木道で、七葵先輩は私に『好きだ』と気持ちを伝えて下さりました。けれど私は舞い上がるばかりで、自分の気持ちをまだ貴方に伝えていなかったと気付いたのです」
「……それで、あの形なのか」
「ええ。ハートの形は、貴方に対する私の気持ちです。この心を伝えるきっかけにしたくて」
「そうとはいえ、さすがにあれはどうかと思うが。光や宮沢に気付かれていたらしつこいぐらいに冷やかしが入るだろうし、夏目からはもれなく凍てつくような視線が向けられる所だったぞ……」
その光景がありありと浮かんだのだろう。七葵は盛大に溜息をつき、紗夜はクスクスと笑う。
そして見上げた彼の顔からは、言葉とは裏腹に不機嫌さが消えていて。
手を伸ばして袖に触れたなら、一回り大きな温もりが紗夜の手を包み込んだ。
「帰るぞ」
ぶっきらぼうなようでいて、優しさを滲ませる声音と共に手を引かれ、歩き出す。
隣に在る七葵の存在と手の温もりと。
紗夜は浮き立つ心のままに口を開いた。
「……また、お弁当にハートを描いてもいいでしょうか?」
「却下だ」
「即答、ですか。仕方ありませんね。では別の方法を考えるとしましょうか」
「……なぜこだわる」
「七葵先輩の驚いた顔を見てみたいのです」
「お前は……」
返した言葉に笑顔を添えてみせれば、深い溜息が一つ零れ。
けれど一つに繋がった二つの影が離れることなく、紗夜は繋がれた手にそっと指を絡めた。