『Bracelet【2】』
七葵先輩と歩く帰り道。
向かいから歩いてくる人を避けようと、道の端へと寄った時に植木に腕を取られ、立ち止まる。
「あっ……」
袖を引っ掛けてしまった。そう思ったけれど、引っ掛けたのはブレスレットだったみたいで、ブツリと切れたワイヤーからビーズがポロポロと零れ落ちていく。
壊れてしまったのは、七葵先輩がプレゼントしてくれた秋桜のブレスレット――それを自覚してサッと血の気が引いた。
「……うそ。ブレスレットが……!」
その場に座り込んで、落ちたビーズを拾おうとする。けれど、七葵先輩が私の手を取って動きを止めた。
「七葵……先輩……?」
「そんな顔をするな。形のある物はいつか壊れるだろう」
「それはそうですけど、でもこれは先輩からもらった初めてのプレゼントで、一つしかないんです。それなのに、私の不注意でこんな……っ」
ふいに目頭が熱くなって、涙が溢れ出す。
泣いたってブレスレットは元には戻らない。なのに、涙は止めようもなく頬を伝い落ちていき。
そんな私の目元にハンカチを押し当てた七葵先輩は「少し待っていろ」と言うと、鞄の中を探って何かを取り出した。
そして私の前に手を差し出し、握っていた手をゆっくりと開いてみせる。
「紗夜。これを」
「…………え? どうして――」
手のひらにあるのは、壊れたブレスレットと同じもの。ううん、よく見ると少しだけ形が歪だけれど。
でも同じデザインで、どうして七葵先輩がこれを持っていたのかが分からず、ただ彼を見上げる。
私の視線を受けた先輩は、少しだけ居心地悪そうに息を吐いて。
そして横へと視線を逸らしながら言った。
「いつか壊れる時が来るだろうと思って、作っておいたんだ。宮沢に協力してもらってな」
「夏帆に……? そういえば、しばらく前に秋桜のブレスレットを見せて欲しいって頼まれましたが、まさか……」
「たぶんその時だ。作製図を作ってもらったからな」
「作製図……。では、それを見て七葵先輩が作って下さったのですか?」
「……ああ。初めて作ったものだし、そう上手くは出来なかったが……。やはり作っておいて正解だったな」
お前に泣かれるのは苦手だ、そう言って七葵先輩は私の頭を撫でる。
大きな手でこうされるのが私は好きだ。
新しいブレスレットと彼の手の心地良さに、涙はいつしか止まっていて。
「ありがとうございます」
ブレスレットを受け取り、しっかりと握り締めて。
止まった涙の代わりに溢れる気持ち。私は感情のままに七葵先輩に抱きついた。
「七葵先輩、七葵先輩っ」
「お、おいっ、紗夜!」
抱きつく、というより飛びつくと言った方が合っていたのかもしれない。それぐらいの勢いで彼の胸に飛び込んで、戸惑いがちに受け止める先輩の名前を呼ぶ。
「本当に嬉しいです。私、大事にしますね」
「……別にそこまで丁寧に扱わなくてもいい。壊れたら、また作ってやるから。お前がいらないと言うまで、何度でも」
「はい!」
いらないなんて言うはずもないけれど。そう付け足した心の声は、きっと届いていると思う。
顔を上げた私を見て七葵先輩は笑い、私の髪を優しく撫でた。