『Bracelet【3】』
日曜の朝。リビングに入ると千春が紗夜の手をしきりに引っ張っているのが見えた。
「おはよう、二人とも。何かあったのか?」
「おはようございます、七葵さん。実は、千春が同じブレスレットが欲しいと言い出しまして……」
困った表情で左の手首に着けている秋桜のブレスレットに視線を落とし、そして娘を見やる紗夜。
この様子だと、長い時間押し問答をしていたのだろう。俺達に似て頑固な性格の娘は、挨拶を返すことも忘れてそっぽを向いている。
「千春。あまり母さんを困らせてはいけないよ」
「だって千春もほしいんだもん! お母様みたいな可愛いのがほしいの」
「……千春。あまり我侭を言うものじゃない」
紗夜の手を強く引く娘に、少し諌めるように声音を落とすと眉がひそめられ。
「もういいっ! お父様のバカっ!」
パッと手を離し、千春はリビングを出て行ってしまった。
「……誰かさんに似て頑固だな」
「あら、それはお互いにじゃありませんか?」
そう返した紗夜はクスクスと笑い、そして俺の袖を引いて額を肩につけた。
「ごめんなさい。七葵さんが悪者扱いになってしまいましたね」
「別に気にしていない。今の千春は感情的になっているだけだからな。……それより、ブレスレットをどうするかが問題だ。あの子はああなったらなかなか諦めないだろうからな。同じものを作ると大きすぎるから、パーツを減らして作ってみようか」
「それはダメ!」
「紗夜……?」
強い制止の声に驚き、紗夜を見るとハッと我に返ったようで。
「あ、ごめんなさい。……でも、同じものは作らないで下さい。狭量かもしれませんが、七葵さんが作ってくれるこのブレスレットは、私だけのものであって欲しいのです」
袖を引く力が少しだけ強くなっている。
不安げに揺れる瞳は、俺の答えを待っていて。
俺は空いている方の手で紗夜の額を軽く小突き、笑った。
「頑固者」
一言告げると紗夜は一瞬止まり、そして笑顔を浮かべた。
「否定は出来ませんね。……千春には、私が何か作ります。そうですね、夏帆に連絡を取って教えてもらうのもいいかもしれません」
「そうだな。いっそのこと、千春自身に作らせてみるのもいいかもしれんな」
「それはいいアイディアです。きっと夏帆も教え甲斐があると喜びますよ」
早速予定を聞いてきます、と言い残して背中を向けた紗夜に、俺は声を掛けた。
「紗夜」
「はい?」
「……そのブレスレット。大切にしてくれてありがとう」
俺の言葉に、紗夜は花のような笑顔で応える。
秋桜のブレスレットはいつでも彼女の腕をささやかに飾っていて。
俺と彼女の思い出と絆がそこに在る。
紗夜の前に立ち、ブレスレットを付けた手を引いて抱き寄せ、俺は愛しい人にそっと口付けた。