『小さな約束』
「あれは……」
ジェミティ市のメインストリートを歩いていたフェイトは、窓越しに店の中にいるソフィアの姿に気付いて足を止め、首を傾げた。
「……何をやってるんだ、ソフィアは」
じっと見ていると、ひどく真剣な顔をしながらいくつかのぬいぐるみを見比べている。やがて一つのぬいぐるみを手に取ると、表情を和らげてフニフニと触ったり、頭を撫で始めた。
そんなソフィアの姿を見ながら、フェイトは口元に笑みを浮かべる。
(ははっ、相変わらずだな……)
女の子らしく、昔からソフィアは買い物に行くと雑貨やぬいぐるみに見入っていた。
戦いの最中に置かれた今でもそれは変わらないのだと思っていると、ふとソフィアの表情が曇り、ぬいぐるみが元の位置に戻される。手はゆっくりと離れ、名残惜しそうに数秒宙で止まった後、フッと下ろされた。
(ソフィア……?)
ぬいぐるみを見つめるソフィアの瞳の色に心がざわつき、フェイトは反射的に店の中へと足を踏み入れた。
「……ソフィア」
「え、フェイト!?」
突然声を掛けられて驚くソフィアの前方に手を伸ばし、ぬいぐるみを持ち上げてみせる。
「これ、気に入ったんだろ?」
「う、うん……。でも、どうして分かったの?」
「店の前を通りかかったらソフィアの姿が見えて。しばらく見てたんだけど、このぬいぐるみをずっといじってたから」
「もう、ずっと見てたの? それなら早く声を掛けてよ。恥ずかしいなぁ」
むぅ、と頬を膨らませて横を向くソフィアに、フェイトは内心で安堵する。
いつも通りの様子にぬいぐるみを手渡し、ふっと笑った。
「欲しいのなら買ってあげるよ」
「え……?」
掛けた言葉に対し、ソフィアはきょとんとフェイトを見上げる。
そのまま少しの間を置いて、返事が返された。
「……ありがとう。でも、いいよ」
「ん? どうしたんだよ。別に遠慮しなくても――」
「ううん、違うの。そうじゃなくてね……」
ぬいぐるみを抱きしめ、遮るように言ったソフィアの表情が曇る。それを見てフェイトはハッとした。
(さっきと同じだ。どうしてソフィアは……)
いつものようで、いつもとは違う様子に言葉を続けられずにいると、ソフィアはぬいぐるみに視線を落とした。
「……本当を言うと、欲しいんだけどね。今は持ち運んでいられないもの。だから諦めてたところだったんだ」
「そっか……」
ソフィアの表情と瞳の色の理由を知り、フェイトは小さく頷いた。
図らずも戦いの最中に身を投じている今は、旅に必要不可欠な物しか手に出来ない。
「行こう、フェイト」
ぬいぐるみを元の位置に戻し、笑顔を浮かべながら歩き出すソフィアの後につき、店を後にする。
しばらく並んで歩いた所で立ち止まり、フェイトは振り返ったソフィアの頭をクシャクシャと撫でた。
「ちょっと、突然何するのよ」
「……戦いが終わって元の生活に戻ったら、いくらでも買ってあげるよ。だから今はちょっとだけ……な」
「フェイト……。うん、約束だよ?」
小指を差し出して笑うソフィアに、フェイトは指を絡めて微笑みを返す。
ごく当たり前の日常を取り戻す為に、今はただ――。
「……そろそろ集合時間だな。行こうか、ソフィア」
「うんっ」
小さな約束を胸に、フェイトはソフィアと共に歩き出した。
(2009.12.29)