『出立の夜に』 (スターオーシャン5/フィデル×ミキ)
スタール村に別れを告げて、私とフィデルは海岸線に沿ってサンテロールを目指す。
きっともう二度とこの景色を見る事はないのだろう。二人で度々立ち止まり、故郷の美しい風景を心に刻みながら先へと進み。やがて空の色は次第に夜の色を帯び、ミードックで宿を取る事になった。
フィデルがカウンターの前に立ち、受付の人に声を掛ける。
「すみません、宿泊をお願いしたいのですが」
「二名様ですね。お部屋は別々にされますか?」
「一部屋で大丈夫です」
「えっ⁉︎」
躊躇いもなく返した言葉に動揺したのは私だけのようで。
「ん? どうした?」
振り返ったフィデルはいつも通りの態度で少し悔しくなった。
今までは人数が増えて男女別部屋が当たり前だったけど、今日は二人きり。しかも、幼馴染の関係を卒業するって話をしたばかりなのに涼しい顔。
「何でもないよ、行こっか」
気にしてない風を装って、フィデルに先導を促す。そして割り当てられた部屋に入り、荷物を整理すると彼は剣の手入れを始めた。
ダリルおじさんから受け継いだ大切な剣。それを慣れた手付きで綺麗にしていく。
刃こぼれはないか、汚れは残っていないか。丁寧に剣を扱う姿を見るのは昔から好きで。ベッドに腰掛けてその様子を見ていると、ふとフィデルが顔を上げた。
「もしかして、退屈か?」
「ううん。剣を手入れしている所を見るのは好きだから、つい見入っちゃってただけ」
「……そうか。なら良かった」
安心したように微笑んだフィデルは剣の手入れを続ける。
部屋の中にたった二人きり。穏やかに流れていく時間。
こんなに静かな時を過ごすのはいつぶりだろうか……そんな事を思っていると、フィデルの手が止まった。
「なんか久しぶりだな、ミキと二人だけで過ごすのは」
「そうだね、みんなに出会ってから毎日賑やかだったから、なんだか懐かしい気もするよ。……もし、村に残ったままだったら、何も知らないままだった。みんなの事も、リリアの事も、この世界以外にも世界は広がっているんだって事も。フィデル、私を連れて来てくれてありがとう」
「ありがとう、か。……僕は少しだけ後悔してるよ」
「えっ……?」
フィデルの言葉に血の気が引く。もしかして足手まといだった? そんな気持ちに揺らいでいると、フィデルは鞘に剣を収め、私の隣に腰掛けた。
「お前を何度も危ない目に遭わせてしまった。一度は本当に失いかけた。エマーソンさんとアンヌさんが居なかったら、ミキはあの時に死んでいたんだ……」
「フィデル……」
そっと手に触れると、フィデルが苦痛に歪んだ表情を見せて私を強く抱き締める。
強く深く。私の存在を確かめるように。
ああ、どれほどの心の傷を負わせてしまったんだろうか。
思えば彼はあれ以来何度も、光る筒の攻撃から身を挺して私を守ってくれていた。
「フィデル……。ごめんね、フィデル……」
彼の背中に手を回し、その広い背中を抱き締めると安心したように腕の力が緩む。そして顔を上げたフィデルは私の目を覗き込んだ。
「……本当なら村に残って穏やかに、幸せに暮らして欲しい。それがミキには似合うと思う。でも、今さら置いて行くのは考えられないから」
「うん。大丈夫。私はフィデルの傍に居ることが一番の幸せだから。だから戻れなんて言わないで」
「ああ、帰りたいと言っても帰さない。一緒に行こう」
「うん。……うん!」
かけがえのない大切な人。私はフィデルの胸に顔を埋めて、その温もりを感じながら目を閉じた。