『指折り待つ日』
「行ってきます」
見送る彼女の頬に口付け、家を後にする。
ドアを閉めて、俺は思わず愚痴を零した。
「……まったく。最近の師匠は人使いが荒いなぁ」
オフだったはずの今日、仕事依頼の電話を寄こしたのは彼女の紹介だと依頼人は言っていた。
仕事の依頼が回って来る事は、普通の業種で言ったら喜ぶべき事なんだろう。
だが、俺の場合は違う。
仕事が増える分、身に降りかかる危険も格段に増す――俺が携わっている『仕事』は、そういうものだ。
実際、何度も命を落としかけそうになった。
そんな仕事を次々と回されて、正直喜べなどしない。
(それにしても……)
階段を下りながら、息を吐く。
以前から師匠の手数に負えない仕事を回される事はあったが、最近はどうも様子が違う。
片っ端から俺に投げている、と言っても過言ではないだろう。
(まぁ、そもそも原因ははっきりしているんだけどね)
もう一度息を吐いて、彼女の姿を思い浮かべる。
守永皐月。
師匠の愛娘で、俺の恋人。
一年ほど前に付き合い始め、今もその関係は続いている。
でも、師匠は快く思っていないらしく、皐月は知らないものの、俺達の関係は許されてはいない。
力が弱いからと、幼少時に早々と後継者から外され、守永の家業や宿命については何も知らされていない。
そんな彼女と、御剣の人間でありながら守永を継ぐ事となった俺が結ばれる事になったら、どうしても皐月は真実を知る事となる。師匠は恐らくそれを疎んでいるのだろう。
何も知らない、真っ白な皐月。
師匠はそんな彼女に、平凡な幸せを与えてやりたいと思っているはずだ。
それでも。
皐月は俺に心を寄せ、俺も彼女に強く惹かれている。
もう彼女も、親の意思でどうこうできるような歳ではない。
だからこそ師匠は俺に負荷を与え、試しているのだと思う。
これから先、討魔の日々の中で皐月を残し、命を落とす事がないよう。彼女の笑顔を守り続ける強さが、俺にあるのかを見極めているのだと。
「……皐月」
師匠が俺を認める日が、いつになるのかは分からない。
でも、必ず認めさせてみせる。
――譲れない、大切な存在が俺にはあるから。
強い決意を胸に、俺は意識を俺個人ではく討魔師のそれへと切り替えた。